if 25 蝶は自ら籠の中 (本條ルート)

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if 25 蝶は自ら籠の中 (本條ルート)

※24話以降、泰が本條を選んだ場合。 本條、お前みたいな男でも、泣き崩れるなんて事があるんだな。 半年の付き合いの間、余裕綽々の顔しか見た事なかったから、一緒に過ごしていながらも何処か違う次元にいるような、でなきゃ精巧に出来たアンドロイドか何かのような。 あれだけ抱かれていても、何時もそんな感じがしてたよ。 それくらいお前はあまりに全てが、出来過ぎていた。 凡人の俺とはあまりに不釣り合い。 なのにそんなお前にも、生臭い迄の欲があるんだなって知った。 風祭との浮気を疑った、あの瞬間から、 風祭からお前が他の男女を伴ってホテルに入っていく画像を見せられてから。 お前が俺と同じ生身の人間だってのをやっと実感したってのに、今度はお前が喋る事の一つ一つが理解不能な宇宙人みたいに感じたよ。 そして、わかったんだ。 俺達は相容れないって。 「俺が悪いのはわかってる。いくらでも謝罪する。 許してくれなくて良い。図々しくそんなもの、求めない。 だけど、離れないで欲しい。」 これは本当にあの本條の口から出てる言葉なのか。 目の前で見てるのに現実味が無い。 本條は俺には優しかったけど、その目線は俺を庇護対象として見るもので、決してへりくだるような物言いをする事はなかった。 わざわざ聞かなくてもわかる。本條は、昔から他人をコントロールしてきた人間だ。それこそ、どんな手段でも使ったんだろう。 俺がその良い例。 なのに、自分の支配下にあった人間に、そんな風に頭を下げるのか。 けれど俺は答える。 「…全部飲み込んで、お前の傍に居ろってのか? それは、都合が良すぎないか。」 お前のあまりにでかい負の面をも受け入れて? 許さなくて良いったって、俺の記憶が消えてくれる訳じゃない。 いっそ知らないままでいられたら…。 でもそれは根本的解決にならないな。 知らなかったら知らなかったで、本條は俺の知らないところで他の人間を抱き続けていたんだろう。 そして俺は、俺を欺き続ける本條にそれを知らずに抱かれ続ける。 ゾッとした。 本條はそんな俺を見て、唇を歪めて笑ったように見えた。 「…そうだよな。言ってみただけだ。 潔癖なヤスがそんな事に耐えられる訳が無い。」 そして、立ち上がって裕斗を見て、それから俺を見た。 「ヤスには俺みたいな人間より、同じように綺麗な人間と幸せになる方が似合う。」 潔癖とか、綺麗とか、コイツは何を言ってるんだろう。 「泰の人生に、俺は不要物だ。」 本條はそう言って、覚悟を決めたように俺に言った。 「済まなかった。 もう、追わない。」 それを聞いて裕斗が俺に 「聞いたな?帰ろう。」 と言って、ベッドの端に寄せられていた毛布を俺に羽織らせる。 けれど俺の心は波立っていた。 『もう、追わない。』 あれ程の執着も、遂に尽きたのか、と思う。 それで良い。正解だ。 俺は本條のような男がこだわるような人間じゃない。 なのに、手放されたらされたで、この寄る辺ない気持ちは何なのか。 時に人間は、自分の心がこの世で一番、不可解なものになるらしい。 俺を抱き上げようとする裕斗の手を制して、目と目を合わせて頼んだ。 俺の身を案じてここ迄足を運んでくれた裕斗に酷な事を言ってるとわかっている。 心配してくれた風祭にも。 でも、一度 本條の言葉に立ち止まらないと後悔すると 、心の中で誰かが囁くんだ。 「悪い、ヒロ。 本條と2人だけで話がしたい。」 「おま…お前、何言ってんだ?何されたかわかってるよな?」 裕斗が気色ばむのに小さく頭を下げて頼む。 「お願いします。」 裕斗は何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。 そして、 「…隣の部屋に居るので良いか?」 と聞いてくれたので、俺は頷いた。 風祭は何故、と言いたげな目で俺を見たけれど、裕斗に声を掛けられて大人しく部屋を出てくれた。 部屋には元のように俺と本條だけになった。 「…チャンスでもくれるの?」 本條は斜め下を向いて俺を見ないまま、そう言った。 「チャンスじゃない。 最後に聞いておきたい事があっただけだ。」 それは本音だ。 俺はずっと、何故本條が平凡な俺にこだわるのかわからなかった。 例えば漫画や小説だって、本條みたいな奴は主役側の人間で、俺のような平凡は名も無きモブと相場が決まっている筈だ。 最近ではそうでもないような話もあるらしいけれど、それだって架空の世界の話だからこそモブにも当て馬にもスポットライトが当てられる訳で、現実世界ではやっぱりモブはモブなのだ。 主役級が興味を持つのは同じカテゴリの主役級だけ。 間違ってもその他大勢の中の一人に目を留めたりなんかしない。 なのに、何故、あの日、あの中の俺だったのか。 他にいくらでも人はいた。 「初めて会ったあの日さ。 本條は何で、俺だったの。」 本條は少し驚いた表情で此方を見て、俺達は久々に視線が合った。 「なんで、って…、」 「どうせ最後なんだから本当の事言えよ。 今更怒ったりしない。」 俺がそう言うと、本條は記憶を反芻するように目を閉じた。 「予感がしたんだ、あの日は。」 「予感?」 本條はロマンチストだったんだろうか。けれど、本人はふざけている様子では無くて、至って真面目に答えているようだから、俺も茶化さず静かに聞く事にする。 「そう。俺はね、ヤス。 それ迄ずっと、決まった誰かと真剣に付き合えた事がなかった。 単に俺が我儘だからなんだろうけど。 でも俺だって、一人を大切にする付き合いをしたいと思ってたのは本当なんだ。」 「そうか。」 「うん。だから、重いのかもな、俺。」 本條は言いながら苦笑した。確かに重い、かな。 「だから俺は、遊んでばかりだったけど、ずっと自分だけの誰かを探していたんだと思う。」 そんなの聞いた事が無かった。いや、聞こうとしなかったのか、俺が。 どうせ世界が違う人だからと、その内初めての時のように、気軽に別れを切り出されるかもしれないとばかり、考えて。 少し胸が痛んだ。 本條を暖簾に腕押し気分にさせてたのかもしれない。 本條の上辺ばかりしか見ていなかったのは、他ならぬ俺だった。 「だからあの日、予感みたいなものがあって、行ってみたらヤスに出会えた。 ヤスはさ、確かに世間の感覚からすると、普通なのかもな。 でも俺には、ヤスだけがキラキラして見えたんだ。 この子を逃すなって、俺の本能に言われた気がした。」 なら普通に口説いてみて欲しかったとか、そういうのは一旦置いといて。 本條には、お世辞にも可愛くもイケメンとも言えない俺が、キラキラに見えると言う。 そう言っている本條の目の方がキラキラだ。 さっき迄あんなに昏い目をしていたのに。 「俺には今でも、ヤスはキラキラして見える。」 それだけで十分だった。 俺は想われていた。 本條の気持ちは本條のものなのに、俺は勝手に自分の自信の無さからそれを全否定していた。何様なんだ、俺は。 何か、言わなければと思う。 なのにこんな時に限って、何の言葉も浮かばないし唇も言葉を紡いではくれない。 仕方なく俺は、本條に向かって手を伸ばして 戸惑いながら目の前に来て、目線を合わせるように屈んだ本條の首に、まだ力の入らない震える腕を回して 抱きしめた。
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