1 クリスマス・イブの出来事

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1 クリスマス・イブの出来事

「ふ~ん、なるほど~。」 まさか俺を帰したほんの5分後になあ。 もう可愛さ余って憎さ百倍、1周回って無関心ってマジなんだなあ。 まさか30分前まで俺にさ、 『ヤスだけだよ、愛してる。ヤスがいなくなったら俺死んじゃうよ。』 とか言いながら俺を抱いてた奴がなあ。 俺が帰ってすぐさま別の男を呼んで玄関先でキスをしてるとは。 スマホをベッド脇に忘れた事に気づいて戻ってビックリだわ。 まずは血の気が引いて、直後頭に血が上り、憤怒が体を一周して、スンッてなってる。←(イマココ) その間約30秒。 つまり俺は30秒で彼氏だった男を見限った訳だが。 玄関で濃厚チューしたまま目の端に俺を認めて固まっている猿2人の横をすり抜けて土足のまま部屋へお邪魔。 猿の住む部屋だ。人間の礼儀は要るまい。 そして、僅かの間に大急ぎでシーツだけ片付けたらしいベッドの脇にスマホを発見。やっぱりココだな~。 それから直ぐに回れ右して玄関に向かい、未だ動かない2人の横を再び通って、玄関を出た。 エレベーターで降りながら彼氏だった男と親友だった男の連絡手段を全てブロックし、マンションのエントランスを出た時には完了していた。 俺が横をすり抜けざま、真っ青になってたように見えた2人があの後どうしたかなんて知らない。 もしかしたら、邪魔な俺が自分から居なくなって逆に燃えたかも。 換気もしてないザーメンくっさい中でヤル気になれるなら、それはそれで強者だなと思うし、既に元彼になった野郎の精力もすげえなと思うし。 あーあ。 あまりにも急激に覚めてしまった恋は、もうタダの鉛の塊のように心の隅で重いだけ。 どうにか早く捨てなきゃな。 まさか2人同時に棄てなきゃならなくなるなんて、思ってもみなかったぜ。 だって、俺の彼氏だと思ってた男は、俺が親友だと思ってた男の彼氏だったようだったからだ。 気分転換に何時もとは違う道で帰路につく。 コンビニがあったから取り敢えずチューハイを2本買った。 店を出て歩きながらプルタブを開けて、勢い付けてガーッと飲んだ。 喉と胃が焼けそう。 この時点でお気づきだと思うが、俺 アルコールは一切ダメ。 酒なんて、彼氏や友達の飲んでるのを舐めさせられて真っ赤になるくらい。 つまり下戸。 「モブがイケメンとお付き合いとか、図々しいってか。」 何時だって直ぐに酔うのにこんな時には回りが遅いなんて皮肉な。 何時の間にか知らない橋の上。下を覗くとそんなに流れの早くない水深も無さげな川。 これじゃ飛んでも精々骨折か。まあ飛ばんが。 直ぐ向こうにはもう駅の明かりが見えてる。 「あーあ。やっぱイケメンはイケメンが好きだよなぁ。」 衝撃過ぎて涙も出やしない。 ただただ、世の真理の世知辛さを噛み締めながら電車で帰り、帰ってから酔いが一気に回って爆睡し、翌日は二日酔いのままバスに乗った。 それが十日前の晩の事。 俺は田中泰(たなかやすし)、21歳。大学生。 少し前まで彼氏はいたが、本当に彼氏だったのかは今となってはわからない。 あの後3日ばかりして、俺はクールダウンした頭で状況を整理してみたのだ。 折しもあの日はクリスマス・イブだった。 そんな日に、明日親が来るから~、と帰された時点で俺は気づくべきだった。 俺が本命な訳が無いと。 そんな日に、後から泊まり前提で呼ばれる方が本命に決まってるよな。 つまり、俺は上手い事言われて転がされていただけの浮気相手だったって事だ。 そう理解すると、2人の電話やLIMEやSNSを軒並みブロックしているのが自意識過剰に思えてきて恥ずかしくなった。 もしかして、怒りたいのは親友だった奴の方なのでは。 本当は27日に実家に帰省するつもりだったのを、前倒しして翌日のクリスマス当日の晩には実家でチキンとケーキを食っていた俺。 二日酔いなんかに俺の食欲は負けない。 失恋の痛手とは…? くらいに頗る元気だ。 何なら半年振りに会った近所の幼馴染みとも遊びに行ってたし、年末年始も初詣に行った。 まあ実は高校時代、この幼馴染みの事を好きだった時期もあって、それが、もしかしたら俺って…ゲイ?と悩むきっかけになった人物なんだが、それは今ではすっかり昇華された美しい思い出である。 進路が別れて俺は他府県の大学へ行ったし、幼馴染みは地元の大学へ進学したから。 でも、それが結果的には良かった。 物理的距離を取った事により、俺は幼馴染みへの想いを振り切れた。 彼氏が出来た事も大きかったかな。 いくらイケメンでも、あまりに距離が近過ぎる相手を好きになっちゃ色々不味いんである。 俺は親にカミングアウトしてないし、出来ないし、それに告白でもしようもんなら後々まで気不味いし。 告白しなくても、どっかで気づかれても困る。 高校時代は子供の頃から距離の近い幼馴染みにうっかり勘違いしそうになって、辛うじて踏み止まる…を繰り返していた。 もう二度と同じ轍は踏まないぞ。 「やす、向こうには何日に帰るの?」 幼馴染みの裕斗が俺の部屋のベッドに寝転がりながら聞いてくる。 寝転がるってのは、全く色っぽい意味は無く、マジで寝転がって漫画を読んでるだけだ。 「う~ん、6日くらいかなあ。」 俺も俺でゲームをしながらクッションに肘をついて転がっているので良い勝負だ。 「あ~…あと3日かあ。」 裕斗はそう言ったが、俺はこれが別に残念、とかそんなニュアンスは1ミリも無いのを知っている。 だって、コイツが俺とつるむのは、面倒臭がりのコイツの一番近くにたまたま俺がいるからってだけで、その気になれば遊び相手はたくさんいるのだ。 何なら高校から付き合ってる彼女だっている。 それを知っているから、俺ん家に入り浸るより彼女と出かけてこい、と思う俺なのだった。
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