役所

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役所

妻は生前、障害者2級を認められた為、障害者手帳を持っていた。 その障害者手帳は、住民票がある役所に返還しなければならない。 私は、返還手続きの為、妻の実家の市役所へと向かった。 役所には、福祉支援課という課がある。 そこで、障害者手帳の申請をしたり、介護用品購入のサポートや、住宅の介護用リフォームのサポート等もしてくれるのだ。 私は窓口に行き、妻の障害者手帳の返還に来た事を伝え、書類を記入していた。 すると、奥から職員の女性が1人出てきて 『すみません』 と、声をかけてきた。 職員の女性は 『名前を見て分かりました。初めまして。私、奥さんと小中と同級生だった者です』 と、言った。 女性の目には、涙がうっすらと浮かんでいる。 私は思わず立ち上がり 『そうですか。わざわざ、ありがとうございます』 と、なぜかお礼を言った。 女性は 『友達から腫瘍の事も聞いてたので、お見舞いとかにも行きたかったんですけど、連絡先も分からなかったので。そしたら、この前亡くなったって聞いて…』 そこまで言うと、女性はハンカチで目を拭った。 『そうだったんですか。この前、分かる範囲では連絡をしたので、連絡が行き届いて良かったです』 と、私が言うと 『本当にありがとうございます。学生時代本当に仲良くしてくれた友達だったから、どうしても一言挨拶したくて』 と、女性は頭を下げながら言った。 私は 『お互い体に気をつけて、妻の分まで長生きしなきゃですね』 と、言うと女性は 『そうですね。それが一番の供養になりますよね。すみません。わざわざお時間取らせてしまって』 そう言って、深々と頭を下げて仕事へと戻った。 私はほんの少しだけ、心が暖かくなったような気がした。 何気なく、妻の携帯電話から友達に連絡をしてみたが、それがちゃんと周りに伝わっていたのだから。 そして、こうやって目の前で涙を流してくれる人がいたのだから。 妻が色んな人に愛されていた事、色んな人と関わりがあった事。 それが私には誇らしく、胸がいっぱいになった。
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