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儀式
納骨式の準備が終わったのが12時半少し前。
私は大事な事を忘れていた。
霊園の事務所へ納骨をする事を連絡しておかなければならないのだ。
慌てて私は事務所へ行き、今日の午後1時から納骨をする事を報告し、許可をもらった。
すると、見計らったかのように、私の両親が妻の家族を引き連れて到着した。
妻の家族は霊園の場所を知らない。
もちろん霊園の名前は教えていたが、カーナビで検索してくるよりも、私の両親と一緒に来た方が迷う事なく安心して時間に間に合う事が出来る。
両親は家の近くの高速インターで妻の家族と合流し、やってきたのだった。
私以外、両親も含めて妻のお墓を見るのは今日が初めてである。
母は
『まぁ、可愛いお墓が出来たね。』
と、言った。
少し小雨が強くなってくる中、霊園の事務所の前に一台の車が止まった。
時間は午後1時5分。少し遅刻といったところ。
私は住職が下りてきたのを確認すると、すぐに住職の所へ行き、挨拶をした。
『今日は雨の中、ありがとうございます。よろしくお願いします。』
と、私が言うと
『あぁ、お電話の方ですか。こちらこそ、よろしくお願いします。』
と、住職は車の中から荷物を出しながら、私の顔を見る事なく言った。
お墓へ案内し、そこで住職から納骨式の流れを聞く。
まずお墓の下部にある納骨室を開いて納骨する。その後、住職がお経を読む。
途中で私から順に焼香をする。
そんな流れである。
納骨室の開閉は、仏具店の社員さんが担当してくれるという。
全員揃っているし、雨も多少強くなってきたので、すぐに開始する事にした。
仏具店の社員さんは、お墓に一礼してから膝をついて納骨室の扉をそっと開けた。
重厚な扉の中は少し下がっており、納骨室の真ん中に小さな穴が開いている。
その穴の部分だけ土が見えていた。
火葬をする前、どの国でも土葬が主流だった。
肉体は土に還る。そんな意味からの土葬の名残として、少しだけ土が見えるようにしているのだと、お墓の完成した時に聞いていた。
私は仏具店の社員さんと入れ替わり、納骨室の前にしゃがんで、静かに骨壺を置いた。
『またね。バイバイ』
私は無意識に、ボソッと呟いていた。
仏具店の社員さんが、静かに扉を閉めると、住職は静かにお経を唱え始めた。
立ち昇る線香の煙、揺れる蝋燭の灯、囁くような小雨。
これら全て、妻に届いているだろうか。
小雨は旅立った妻の涙だろうか。
肌寒く感じるのは、妻がいないからだろうか。
納骨をしてしまえば、今までのように部屋で妻に触れる事が出来なくなってしまう。
つまりこれが、本当に最後の別れとなるのか。
住職のお経を聞きながら、そんな事を思っていた。
同時に、どうか幸せであってほしいとも思った。
私はこの場所にこれから何度来るのだろう。
何度も何度も、きっとこの場所に来て、変わらない妻の笑顔を思い出して、妻の声を聞き、妻との日々を振り返るのだろう。
近況報告もしたい。相談もしたい。泣き言も言いたい。
ここでなら、きっと妻と会える。
そう思うと、ほんの少しだけ嬉しくもあった。
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