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「信武さん、人が悪いです! 直川賞を受賞したような凄い作家さんなら、最初っからそうだって言って下さればよかったのに!」
帰宅するなりムゥッと唇をとがらせて言った日和美に、先に帰宅していたらしい信武がククッと笑った。
信武も今日、日中は仕事へ行くと言っていたから、もしかしたらまだ帰宅していないかも?と思ったけれど、杞憂だったみたいだ。
作家先生と言うのがどんな勤務体制をとっているのか日和美には分からない。
けれど、少なくとも今日の信武が〝どこかで〟九時〜五時みたいな働き方をしてきたらしいと言うのは分かった。
流しそばの水切りカゴの中に、今朝信武に持たせた弁当箱代わりのタッパーが綺麗に洗われて伏せられているのを横目に、日和美はぼんやりとそんなことを思う。
「俺、直川賞を受した結構名の売れた作家先生なんですぅ〜! ――んなこと言う男にお前、惹かれるか?」
言われて、日和美はグッと言葉に詰まった。
「それは……何か嫌ですね」
「だろ?」
だから日和美自身が気付かない限り、自分から告げるつもりはなかったのだと続けた信武に、日和美は小さく吐息を落とす。
「俺はな、そう言う肩書きのない素の俺自身をお前に評価してもらいたかったんだよ」
俺様なんだか奥ゆかしいんだか。
立神信武という男が、日和美にはさっぱり分からなくなる。
でも、何だかそう言うところが嫌いじゃないなと思ってしまったのもまた事実で。
それに――。
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