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五月半ばの気持ち良い晴天の日。
今日は、日和美の勤める『三つ葉書店学園町店』で、十三時から立神信武のサイン会が行われる予定だ。
信武は正午に現地入りすることになっている。
そんな大切な日なのに、信武の心はモヤモヤとした荒れ模様。
だって仕方がないではないか。
せっかく日和美と両想いになって、彼女の生理が終わるのを待つだけと言う状態だったのに。
日和美とバカな会話をしたあの朝以降およそ三週間半、信武は日和美とマトモに会えていないのだから。
というのも――。
***
「ねぇ信武! 私の話、ちゃんと聞いてる?」
長い付き合いになる担当編集者に語気荒く名を呼ばれて、信武は不機嫌さを隠さず盛大な吐息を落とした。
「あー、うっせぇなぁ、聞こえてるわ」
「だったら返事ぐらいしなさいよね」
「返事して欲しけりゃ編集らしく先生って呼びやがれ、バカ女」
無駄だと分かっていても抵抗したくなるのは、あの日の朝、日和美と別れて仕事場――自宅マンション――へ戻ったと同時。目の前の女性に軟禁されたからに他ならない。
まぁ作家にはままある話だ。
締め切りまでに仕事をこなせそうにない時、どこかに缶詰めにされてしまうことは。
今回そう長い期間ではなかったとはいえ、出版社から提示されていた締め切りを守らず記憶喪失で姿を消していたこと。
日和美のそばにいたくて、それじゃなくても時間にゆとりがないのにマンションと日和美のアパートを往復する無駄時間を過ごしていたこと。
それらが仇になって珍しく原稿を落としそうになった信武だ。
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