(17)サイン会ハプニング

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 父親の威光のせいで勝手に色々()じ曲げられ、玄武書院へ無理矢理引っ張られたから。社長と同じ〝立神(たつがみ)〟の名を冠して作家になることは、信武(しのぶ)にとってある種の(かせ)のつもりだったのだ。  あとで下手に他者から社長と血縁だと暴かれ、親のコネデビューなんじゃないかと言われたくなくて、あらかじめ最初から「そうだ」とあからさまにすることで、逆に人一倍努力もしたつもりだ。  書き下ろし作品『金魚鉢割れた』で、文学界では新進作家による純文学の中・短編作品から選ばれる芥木賞(あくたぎしょう)と並び称される大きな賞、直川賞(なおかわしょう)――こちらは新進・中堅作家によるエンターテインメント作品の単行本から選ばれる――を受賞出来たのだって、その結果だと思っている。  直川賞を獲って以来メディアへの露出が増えたのは計算外の出来事だったが、玄武書院へ移った時から自分の担当になっていた茉莉奈(まりな)の助言通り、嫌々ながらも取り澄ました〝不破(たつがみ)譜和(しのぶ)像〟を作り上げてオンオフを切り替えるようにしたのは、後で思えば僥倖(ぎょうこう)だった。  作家(公人)としての〝立神(たつがみ)信武(しのぶ)〟と、一個人としての〝立神・リシェール・信武〟は別物だと線引きするのは信武にとってある種の鎧と盾になったから。  日和美(ひなみ)の前での信武はもちろん後者だったから、彼女には自分の気持ちを演じたりせず、ストレートに表現出来ているはずだ。  ややこしくなるのが嫌で、便宜上(べんぎじょう)日和美にもミドルネームはすっ飛ばして自己紹介した信武だけれど、彼女にはいずれそれも込みな自分を見て欲しいと思っている。  アメリカに住んでいた頃の友人は皆、信武のことをリシェールと呼ぶし、日和美にはあちらの友人も紹介したいから、立神・リシェール・信武として生きている自分のことも、ゆくゆくは受け入れて欲しい。
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