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思わず声を上げそうになった信武をキッと睨みつけて黙らせると、
「申し訳ありません。実は立神先生、このところ締め切りに追われて寝不足が続いていましたものですから寝ぼけていらしたみたいです」
身内の体でこういう仕事関連の相手には基本呼び捨てで自分のことを呼ぶ茉莉奈が、あえて〝先生〟を付けたのはきっと、信武が売れっ子作家だと印象付けるために違いない。
信武の失態を、即座にフォローしてくる辺りさすが年の功!と思った信武だ。
まぁそんなことを言おうものなら後で八つ裂きにされかねないので黙っておいたのだが。
「会場の方は下手に立神が顔を出してしまうと、もうファンの方も並んでいらっしゃるでしょうし、よろしくない気がいたします。三つ葉書店様を信頼しておりますので。――ね? 先生?」
やんわりと店内に顔を出すのはNGだと釘を刺された信武は、心の中で小さく吐息を落としてうなずいた。
サイン会まではまだ一時間近くあるけれど、最終的な打ち合わせだってある。
信武は心の中で盛大な溜め息を落とすと、皆に促されるまま席に着いた。
信武は知らないけれど、いま彼が座った椅子は、日和美がよく休憩の時に弁当を食べるために使っているものだった。
***
サイン会自体は順調に進んで――。
だけど信武がいる位置から見える範囲には日和美らしき姿は見えなくて。
正直ずっと落ち着かなかった信武だ。
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