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今までは彼女の住んでいる場所が自分の家の近くだと知っていても、会いに行こうとまでは思わなかった。
そこには一応そこそこに人気のある作家として、越えてはいけない一線があると思っていたからだ。
下手に自分が動いて、普通に生活をしている日和美を自分の世界に巻き込みたくなかったというのもある。
立神信武は、作家としてはそれなりに顔を知られている人間で、自分の日本人離れした容姿が、良くも悪くも人目を引くことを信武自身ちゃんと自覚していたから。
だけど――。
ルティの死がその境界線をにじませた。
長いことずっと……。勝手に自分の心の支えにしてきた女の子と、ほんの少しだけ話が出来たらいい。
本当にそう思っただけだったのに。
まさかそこで事故に巻き込まれて、長いこと家に帰れなくなるとは思わなかった信武だ。
でも――。
それでもあの時間は自分にとってかけがえのないひと時だったし、日和美との関係が進展するきっかけになったことを思えば、あれで良かったんだとも思える。
だが、社会人としてみれば、何にも良くはなかったわけで。
家をふらりと出た時、せめてスマートフォンを手にしていればあんなに話がこじれることはなかった。
結局、すべては自分の不徳の致すところだ。
従姉のお姉ちゃんと言うより、作家・立神信武の担当編集者としての顔でじっとこちらを睨みつけてくる茉莉奈に、信武は心底申し訳ないことをしたと思って。
「……約束する」
そう言わざるを得なかった。
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