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故意ではなかったとは言え、作家デビューをして初めて。雑誌の連載を落とし、発売間近だった単行本の原稿締め切りさえも脅かしたのはまぎれもない事実だ。
信武はその点について弁明する余地なんてないことを自分でも分かっていたから。
要らないことは一切言わず、茉莉奈にそう約束した。
茉莉奈は信武の決意を汲んでくれたのか、ほぅっと吐息を落とすと、差し出したままにしていた信武の手に、勝手に預かっていたこの部屋の鍵を握らせてくれた。
***
「――ところで信武。例の新作なんだけど……前に渡したの、役に立ちそう?」
気持ちを切り替えたように声のトーンを変えて聞かれて、「ああ」と答えた信武は、机上に置かれた文庫本へ視線を流す。
あれについてもまだ日和美にしっかり説明できていなかったし、今日マンションへ彼女を招いたら、そこも含めてちゃんと説明しなきゃな、と思って。
そもそも沢山言わなきゃいけないことがあり過ぎて、何からどう話すのがベストなのかと考えたら、ちょっぴり頭が痛くなった信武だ。
「――ねぇ信武。その様子だと……もしかして私たちの関係も含めて全部あの子に話すつもりでいる?」
信武が眉根を寄せて黙り込んだのを見て、茉莉奈が心配そうに問いかけてくるから。
信武は「ああ、そのつもりだ」と答えた。
茉莉奈は信武の返答に吐息を落とすと、「信武がいいんなら私は止めないけど……。でも、他には絶対漏らさないって約束はしてもらって? でないと、ふたりで長いことかけて作り上げてきた貴方の作家像が崩れちゃう」と釘を刺してくる。
そんなことは信武だって百も承知だ。
そもそも――。
茉莉奈との秘密を打ち明けたら、日和美にだって少なからずショックを与えることは否めない。
だけど――そんなリスクを冒してでも、日和美に隠し事をするのはもう嫌だと思ってしまったのだから、仕方がないではないか。
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