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信武がアパートに日和美を迎えに行くと、案外すんなり玄関扉が開かれた。
「……お疲れ様です」
「え……?」
避けられたり無視されたりすることはあっても、まさか日和美からそんな風に開口一番労ってもらえるだなんて思っていなかった信武は、小さな声でぽそりと落とされた彼女からの言葉に思わず驚きの声を上げて。
すぐさま日和美に、「お仕事で遅くなられたんじゃないんですか?」と窺うような視線を送られてしまう。
もちろんその通りだったので、誤解はされたくない。
「いや。実際そうなんだけどさ。……その、連絡もなしに長いこと待たせちまってたからお前、てっきり怒ってるかと思ってたんだよ。……迎えに行くから待っとけとか誘ったくせに放置とか……ホントすまん」
すぐさまそう付け加えた信武に、日和美は「サインに添えられていたメッセージがなかったら……怒ってたかもしれません」と吐息を落とす。
「あれはズルいです……。あんなんされたら怒れません」
昼過ぎに別れたのに、結局仕事を終えた信武が日和美を迎えに来られたのは二十時を過ぎてからだった。
やるべきことを早く終わらせることに全神経を集中した結果、信武は茉莉奈を家から追い出すまで日和美に何の連絡も出来ていなかったのだ。
実際、執筆作業に集中し過ぎていて、そんなに時間が経っていたことにも、原稿を上げるまで気付けなかった信武だ。
アパート廊下には住人共有の外灯が灯っていたし、日和美の部屋のなかも明るい。
辺りはすっかり暗くなっていたけれど、お互いの顔が見えない不便さはないのだけれど。
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