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「ただいま戻りました!」
父と二人暮らしをしていた実家でも、しょっちゅう預けられていた祖父母宅でも、こんなに丁寧な〝ただいま〟なんて言ったことのない日和美だ。
だけどアパートで王子様みたいにキラキラした不破が待って居てくれると思うと嬉しくて、何だか自然と浮き足立った挨拶になっていた。
とは言え、今日は不破と暮らし始めて初めて別行動を取ったのだ。
玄関扉を開けるまで、もしも不破が居なくなっていたらどうしよう?とか不安も感じていた日和美だったけれど。
土間に自分のものよりはるかに大きな男性ものの靴がちゃんとあるのをチラ見して、ホッと胸を撫でおろした。
「日和美さん、お帰りなさい」
オマケに日和美の声に呼応して、奥の方から不破がヒョコッと顔を覗かせてくれたものだからたまらない。
不破の顔を見るなり、安堵と嬉しさから自然と口元がほころんでしまった。
お蔭様で、初出勤で気疲れした気持ちなんて綺麗さっぱり吹っ飛んでいってしまう。
「お仕事、如何でしたか?」
不破には今日が新卒採用の社会人デビューの日で、勤め先は全国展開もされている大手書店『三つ葉書店学園町店』だと言うことも話してある。
何もないとは思うけれど、何か緊急の用件が発生した時、日和美の職場を明かしておくことは大切なことに思えたからだ。
不破のため新しく契約した携帯電話の連絡先には、日和美の携帯番号とともに、しっかり三つ葉書店の電話番号も登録しておいた。
今は日和美の番号と、日和美の勤め先の二つしか入っていない不破の携帯電話だけれど、もし彼が仕事を始めたりしたならば、少しずつ新規連絡先が増えていくことだろう。
それは至極自然なことなのに、そう思ったらちょっぴり寂しくなって。
「日和美さん?」
それで先の不破からの初出勤の質問への答えが遅れて、彼に小首を傾げられてしまう。
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