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なんて事はない住宅街の路地で、俺は大型トラックに轢かれて死んだ。つい数秒前のことだ。
割れたスイカのように、頭から赤いエキスを垂れ流す俺が道路に転がっている。
やっと着慣れてきた高校の制服も、自分の鮮血に汚れて、見るに耐えない。
どう言うわけか俺は、中空に漂いながら、自分の死体を見下ろしている……。
「死後の世界って、本当にあったんだな」
「新崎 歩(にいざき あゆむ)さん、やっと死んでくれましたね。とりあえず、成人にも満たない短い人生ご苦労様でした」
頭上に光る輪を浮かべる天使然とした金髪青眼の少女が、会釈を交えながら話しかけてきた。純白の法衣が様になっている。
「俺はやっぱ、死んだのか……。君は?」
「見て分かりませんか?」
そいつは愛嬌を振り撒くように、その場でくるりと身体を回してみせる。さらさらと流れる長い髪が、水を弾くがごとくに、キラキラと輝く粒子を振り撒く。
比喩ではなく、本当に振り撒いているように見える。すぐに空気に溶けるようにして消えるから、俺の目の錯覚かもだけど。
「……天使ですか? 俺の魂を冥府に誘うためにやってきた、とか?」
「いえ悪魔です。ほんと人間って単純ですね! プークスクス。誘うのは合ってますが、行き先は地獄ですけどー……残念っ!」
そいつは何故かエアギターを一度激しく掻き鳴らす仕草をした。
天使の皮を被った悪魔だ……表情がもうね、あどけない少女から打って変わって、絵に描いたような悪い面ですわ。
「やっと死んでくれましたね、って言ってたけど……まさか俺を殺したのは君なのか? 俺は君に殺されたのか?」
「あはは! 察しの良いガキですこと〜。あ、そうだ! 面白そうだから、理由を当てられたら生き返らせてあげますよ」
生き返るのか……あの状態から。再び見下ろす。
今にも吐き出しそうな青い顔をしたトラックの運ちゃんが、震える手でどこかに連絡を取っている。
俺の肉体は、どう足掻いても生命活動を終えている。精々が死後硬直が起こるくらいだろう。あ、今右手がぶるった。グロホラー過ぎだろ、俺の死体……。
「ヒントはないのか?」
「私が悪魔ってのがヒントかな」
小首を傾げて向ける笑顔は天使そのもの、でも中身は悪魔であるらしい。
「俺は……きっと良い人間じゃなかった。だから誰かに呪われて、それで君に殺された、とか?」
「ほほー、中々に鋭いですね。ですが、新崎 歩さんの人間性の善し悪しとか、別に興味ないです。顔が私の元彼に似てたんで、普通に死ね! ってな感じに殺意が湧いて、それで。右目の下にある泣きホクロとか、視界に入るだけでイラッとくるんで」
「君の私怨かよ!! 完全に通り魔的な犯行じゃないか! せめてもう少しまともな理由で死にたかった……」
「去年の賭博で全財産すった私みたいな顔をしないでくださいよ。陰気が移ったらどうしてくれるんです? 明日は勝率90%以上ある大勝負が控えてるっていうのに」
「知らないよ! 君の博打人生なんて。いっそのこと大敗してしまえばいいよ」
「イ、イヤな事を言いやがりますね……。まあ良いでしょう。近からずも遠からずで正解ということで、特別に生き返らせてあげましょう! …………一瞬で死ぬけど」
「え?」
生き返らせてもらうことに驚きそうになったが、ぼそりと付け足すように言った最後の台詞で、喜びに湧きかけた心は凍りついた。
それ、生き返る意味なくね? というかもはや拷問の類と化している気がするのだけど……。
「3、2、1、ほいっ!」
悪魔の掛け声と共に、視界が――思考が暗闇に閉ざされる。
全身の痛み。血生臭い匂い。耳の中で響く砂嵐。吐き気。頭痛。窒息する感覚。
自分が何者であるかも理解する脳が無い。ただただ、この世の苦痛を集めて煮詰めたような壮絶に酷い感覚が、小さな世界を染め上げている。
「うわああああぁぁ!?」
「はい、おかえりなさいませご主人様♪ 私がプレゼントした死体験ツアーは如何でしたでしょうか?」
「二度と御免だよ! この鬼畜! 悪魔の所業!」
「あらあら、お気に召しませんでしたか。それは残念ですねー」
気付けば俺はまた中空にいた。隣には天使――じゃなく、あの悪魔が安い笑顔を引っ提げている。
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