第三章 悲哀の魔女クローデット 4

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第三章 悲哀の魔女クローデット 4

「本当に久しぶりね、悲哀の魔女クローデッド。なにしにここへ来たのかしら?」  やはり、エステルと同じく姿かたちは当時のまま……人形のような整った顔に、大きな瞳、そこから流れた涙の量を物語るような跡が残っていて、その顔は美しいながらも恐ろしさを見た者の頭蓋に刻み込む。  漆黒の髪は腰まで届くほど長く、少しみすぼらしいローブも相変わらずだった。 「何をしに? そんなの決まっているでしょう? 私の軍勢を滅ぼした貴女と話に来たのよ。昔からそうでしょう?」  クローデッドはゆっくりと私に近づくと指を鳴らすと、目の前に木製の丸テーブルにイスが二脚現れる。 「貴女も座りなさい、アレシア」  クローデッドは席に座って足を組み、私に着席を求める。  こうなっては彼女のやり方に従うしかない。これはすでに魔法の中だ。  この中のルールを破ると、ひどい目にあう。昔一度経験している…… 「へぇ~この魔法のルール、憶えてたんだ」  クローデッドは少しニヤニヤしながら私の体を眺める。 「当然よ、あんなのは二度とごめんだわ」 「それで、何を話すの? 今さらさっきまでの戦いの感想なんてないでしょう?」  昔に、クローデッドが用意した軍勢を退けた後、この魔法に捕まって話したときは戦いの感想を延々と聞かされたっけ? それで嫌になって魔力を込めた瞬間…… 「あ、その顔、昔を思い出した? ダメよ~この魔法にとらわれているあいだに魔力を流しちゃ、あの時の屈辱が再びアレシアを襲うわよ?」  クローデッドは得意げな顔で厭らしい笑みを浮かべ、私の体を舐めるように見つめる。  確かにあんな経験はもうしたくない。  この魔法にとらわれている時に魔力を込めると、その込めた魔力が膨れ上がり、暴走して体内から皮膚や内臓や神経を攻撃する。  静かな魔法、静かな攻撃。これが悲哀の魔女クローデッドの、魔獣の軍勢以外の戦い方だ。 「もうそんなヘマはしないわ」 「今でも忘れられないわ、あの追憶の魔女が私の目の前で這いつくばり、その綺麗な顔を真っ赤にして苦しみ悶える様は!」 「そんな安い挑発には乗らないわよ。良いから話しなさい!」  私は魔力の代わりにテーブルを叩き、威嚇する。 「分かったわ……話は簡単よ。どうして貴女が私達魔女を裏切ったかってことよ! 人間の男に魅了されて同族を裏切るなんて、とんだ恥さらしだわ!」  クローデッドは、目に涙を浮かべながら私をなじるように言い放つ。  これがクローデッドが悲哀の魔女などと揶揄される所以だ。  こう見えて彼女は本質的には優しい子だ。  それでも誰かが気の毒な目に遭ったりすると、涙が止まらなくなり、魔力を込められない空間を創り出して相手をなじる。  その間ずっと泣き続けるところから、悲哀の魔女と呼ばれだした。  実際この独特なクローデッドの特性は、とても厄介なものだった。  ある種、暴力が禁止された空間を創り出し、その中でなら何をやっても抵抗出来ない。  どんな辱めを与えることだって、彼女からしたら可能なのだから…… 「確かに貴女達同胞から見れば、私は裏切りの魔女。だけど、その理由は決して人間の男の魅了されたからではないわ! あの時私は彼を人質にとられて、それで……」 「それでも貴女が、私達魔女を売ったことには変わりないわ!」  クローデッドは半分泣き叫びながら、私を睨む。 「じゃあ、あの当時の国王に彼と私を密告したのは誰だと思っているの? 私と彼の関係を良く思わなかった貴女達魔女の内の誰かでしょう!」  私もクローデッドにつられてキツイ口調になっていた。 「それがどうしたっていうのよ! 魔女の掟は絶対よ! 人間なんて私達に利用されるだけの存在でしかないの。それなのに誇り高い魔女として生を受けながら、その人間と恋に落ちるなんて……」  クローデッドは、話ながら人間を想像したのか、軽蔑の眼差しを浮かべる。 「そもそもからして、そこの価値観が絶望的に違うわね。私は人間を下には見ていないわ」  私はそう告げて立ち上がる。 「どういうつもり? まだ話は終わってないわよ」 「魔力さえ込めなければ、別に貴女と会話しなくちゃならない制約はないでしょう?」 「それだといつまで経っても魔力は使えないわよ?」  彼女のこの魔法が解ける条件は、話し合いで彼女を納得させるしかない。 「それもそうね」  私は観念したふりをして再び席に着く。 「そもそも私は、アレシアがどういう経緯で魔女を裏切ったのか、詳しくは知らされていないのよ」  クローデッドはずっと泣きっぱなしだ。  彼女は、涙が止まらない変わり者の魔女として有名だった。  どんな些細なことでも悲しみの感情が溢れる優しい魔女……しかし、その悲しみの感情が暴走して何人も殺してきたのが、クローデッドだ。 「そんなことだろうと思ったわ。当時、誰かが私と彼を国王に密告したのよ。人間たちにとってあの時代は、魔女なんて忌むべき存在だったから、国王はすぐに彼を捕まえて地下牢へ幽閉した。そしてこう触れまわった「この男は魔女に通じている! 通じていた魔女は潔く我の前に参上せよ」ってね。そうしなければ彼を殺すと……」  私は一度深呼吸をして話を進める。  クローデッドはもう泣き止み、真剣に私の言葉に耳を傾けていた。 「それを聞いた私は気が動転して、なんの準備もなく夜に国王の謁見の間に向かったわ。そこに国王は、地下牢にいた彼を連れてきていた。そして私に国王は命令を出したの」 「どんな命令よ?」 「私にサバトが行われる場所と日時を告白しろと迫ってきた。もし言わないなら、この男とその家族を殺すと脅されて……」  クローデッドはテーブルを叩き、立ち上がる。 「そんな命令に従ったの? なんでよ! 追憶の魔女とまで言われた貴女なら、目の前の国王やら周りの臣下を皆殺しにしてでも、その男を助け出すことだって出来たでしょう?」  彼女の言い分はもっともだった。  しかし、それは彼女の想定している条件と、実際の条件が同じだった場合の話しだ。 「あのね……クローデッド、国王が魔女を招きだしたのよ? 魔法が使えなくなる細工ぐらい、当然に施してあるわ。魔法が使えなければ私なんて、ただの無力な女よ」 「じゃあ、どうして貴女は生きているの?」  クローデッドは厳しい眼差しで私を睨む。 「どういう意味よ」 「それが本当だとして、国王が貴女とその彼を生かすメリットが無いもの。私だったら絶対に殺しておくわ」 「それは私から説明します」  声の方を振り向くと、まだ足元の覚束ないレシファーが立っていた。 「新緑の悪魔……」  レシファーと目が合う。どうやら彼女の魔力も封じられているらしい。 「その当時、私はアレシア様とはまだ契約関係ではありませんでしたが、普通の親交は持っていました。私達悪魔の間でも、追憶の魔女はよく話題に上がってましたので」  レシファーは揚々と話し始めた。  それにしても、私が悪魔界隈で人気だったのは初耳ね…… 「そしてアレシア様が一人で王城に向かった際に、何かの罠だと思い、こっそりついていきました。このままではアレシア様が殺されてしまうと思ったからです。そしてそれは現実になりました。情報を吐いたアレシア様を周りの兵士が取り押さえ、散々なぶった後、銀の剣を取り出したのです」  レシファーは話しながら綺麗な顔を歪ませる。 「このままでは本当に殺されると思い、私が飛び出し、二人を連れて王城を脱出したのです」  流石の国王も高位の悪魔対策まではしていなかったので、助かった。  もしあの国王がエクソシストまで連れてきていたら、私達はあの場で絶命していたに違いない。 「ならどうしてそれを早くサバトに伝えなかったわけ? 伝えてくれさえすれば……」 「国王は私達が逃げ出した直後には、大規模な討伐隊を向かわせていました。最初からこうする計画だったのでしょう。そしてアレシア様は、散々暴行された後でとても動ける状態ではなかったのです!」  レシファーはやや強い口調で言い切る。もうどんな反論も許さないという意思が伝わってくる。 「……じゃあ私は、一体何を憎んでいたの?」  クローデッドは悲哀の魔女の異名の通り、再び泣き始めた。  クローデッド達が私を憎むのも当然だ。そこは否定できない。  経緯はどうあれ、私は愛する人と魔女の同胞を天秤にかけ、愛する人を選んだのだから。  裏切りの魔女と呼ばれても、仕方がないとも思う。  けれど、それと同時に私と彼の関係を国王に告げ口したのも魔女だ。  普通の人間には分からないように細工をしていた。  それを破れるのは同じ魔女ぐらいのもの……だから私も私で同胞に裏切られたのだ。 「うっ!!」 「ちょっと! クローデッドどうしたの?」  さっきまで泣いていたクローデッドは急に苦しみ始めた。  一体どうして…… 「た……助けて、アレシア……」  クローデッドは苦しそうに、自身の胸を押さえ、転げ回る。  突然のことで私が何も出来ないでいる間に、彼女は助けを求めながら息絶えた。
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