第四章 弔いの悪魔 3

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第四章 弔いの悪魔 3

 やがてポックリはクローデッドを文字通り食べ終わると、自身の体を両手で抱き、優しい笑みを浮かべる。  悪魔の愛情表現について知らない人が見たら、卒倒してしまうぐらい気色悪い光景だが、これが彼らの表現なのだから仕方がない。 「それじゃあ俺はもう行くよ。アレシア、レシファー様、エリックを守ってくれよな!」  そう言い残し、ポックリは颯爽と去っていった。  どうして私だけ呼び捨てなのかは若干気になったが、細かいことを気にしすぎていても意味がないので、考えるのを止めた。 「あれ? 魔女の死体は? それにあの狸は?」  レシファーから解放されたエリックは、この場の変化に疑問を呈した。 「あの魔女の死体はポックリが持って行ったわ。どこかに埋めるみたい」  私はそう嘘をついてエリックに向かって歩き出す。  もうとにかく休もう、魔力がほとんど残っていない……足元がふらつくし、頭も痛い。  限界ね……  そう思って小屋に入ろうかというタイミングで、聞き覚えのある声が背後から聞こえた。 「あら? もう限界なのかしら?」  突然の声に振り向くと、そこには一羽のカラス……キテラの使い魔だ。 「キテラ……」 「やるじゃないアレシア。四皇の魔女の半分を倒しちゃうんだから」  そう語るキテラの声に悔しさや無念の感情は無く、むしろ楽しんでいる様だった。 「ずっと見てたのかしら? 随分と悪趣味ね」 「ずっとでは無いけど見てたわよ? 今の私は動けないから、これぐらいしか楽しみがないのよ。それにしても……クローデッドが裏切ろうと考えるなんて思わなかったわ」  キテラの使い魔は話しながら私の周りをグルグルと旋回する。  クローデッドが裏切ると思わなかった? 何を言っているのかしら? 「白々しい……裏切りを予想していたから左胸にあんな呪いを施したのでしょう? いつか魔女たちが自分に歯向かうのを恐れて……」  私は旋回するカラスに手を伸ばすが、カラスは私の手をするりと抜けて離れていき、近くの木の枝にとまった。 「嫌ねえ~あの呪いはそういうのじゃないわ。あれは保険よ保険。裏切りを予想しての呪縛じゃないわ」 「どう違うのかしら?」  私は怒りの眼差しを向ける。 「……見解の相違ね」  カラスは一言だけそう答える。  これ以上話し合っても埒が明かない。 「まあ良いわ、それで……何しにここに現れたのかしら? 単なる暇つぶしなら帰ってくれる?」  キテラの目的が分からなかった。  本当にただの暇つぶしで使い魔をよこしたのなら、それはそれで構わないけど、なにか別の目的がある気がしてならない。 「ええそろそろ帰るわよ。ただし……ここで貴女を試してからね!」  カラスがそう叫んだ直後、クローデッドの魔獣の軍勢と戦うために展開した森の奥から、人型の影が迫っているのが見えた。  距離としては三十メートルほど離れているかしら? この距離からでも分かるのは、人型ではあるが決して人では無いということ……大きさは私の二倍はありそう。 「何よあれ!」 「あの子は私が用意した魔獣の中でもちょっと特別製なの。今の貴女にはほとんど魔力が無いでしょう? その状態の貴女にあの子をぶつけたらどうなるのか気になっちゃって」  キテラはカラス越しにだが、心底楽しそうに笑う。  やっぱりどこか普通じゃない。  この結界の効果なのか、一つの感情が強く出すぎている。  今のキテラは私が知っている彼女じゃない。 「今の貴女って本当に悪趣味なのね……一つ確認なのだけど、今の貴女は私の知っているあのキテラなのかしら? 昔から貴女を知っている身としては、少々腑に落ちないのだけど?」  私の問いかけにどういうわけかキテラは黙ってしまった。  私は、そのまま動かなくなったカラスから、迫りくる脅威に目を向ける。  今はキテラの返事を待っている場合ではない。  距離もかなり詰まってきていて、敵の全貌が見て取れる。  一応人型と言って差支えないが、それでも人とはかけ離れている。  身長は三メートルほどあり、全身を漆黒の鱗が覆い、その鱗の一部が固く鋭そうな棘に変化している。  予想通り、爪や牙は長く鋭く、人というよりは、人型の竜と言ったほうが適切な魔獣だ。 「アレシア様!」  レシファーはエリックを後ろに押しやり、前に飛び出して私の隣に並ぶ。 「今の魔力の残量は?」 「アレシア様よりはマシですが、私も微々たる量です。大規模の魔法の行使はまず不可能です」 「ふふ。今の貴女達にこのグリーパーを倒せるかしら」  そう言ったっきりカラスは黙り込んでしまう。  おそらく通信を切ったのだろう。  まずいことになった……つまり私達の魔力はカラッポで、敵を倒しきるような魔法は到底使えない。  だとすると肉弾戦しかないわけだが、あの巨大なトカゲに勝てるかしら? 「命よ、その形状を変えて、参戦せよ!」  私は地面に右手を向けて詠唱する。  すると、地面から太いツタが私の右手の高さまで伸び、そのまま形状を変化させて剣となる。  滅多に使わない木でできた剣……昔使った時は、鉄ぐらいだったら切断していたから、これで切れないものはそうそうないと思いたい。  敵の魔獣は、クローデッドの魔獣用に設置した森の迎撃システムをものともせずにここまでやって来た。  つまりさっきまで相手にしていた魔獣たちとは出来が違う。  そんな相手に対して、慣れないこれで挑むのは些か不本意だけれど、仕方ない。  一度作ってしまえば、後は自身の身体能力の強化に魔力を使うだけだから、魔力が残り少ない時の戦い方としてはこれがベターだ。 「私もお供します」  レシファーも私に倣い、木の剣を創造する。 「まずはアイツの出方を見るわよ?」 「はい!」  私とレシファーは共に剣を構え、足に残り少ない魔力を注ぎ、移動速度を大幅に上げる。  いつもみたいに遠距離で魔法を使えるならば話は別だが、今回のように接近戦を挑む場合、特に相手の実力が未知数の時はとりあえず様子見が鉄則。  不用意に近づいて一撃でやられてしまっては意味がない。  私達が構えるのを見て、グリーパーも両手の鋭い爪を前方に伸ばし構える。  そのまま静かににらみ合って数秒後、グリーパーが一気にこちらに詰めてくる。  その速度は、あの巨体からは想像できないほど素早く、走っているというより魔力を使って地面を滑っているような印象だ。 「速い!?」  私とレシファーは一瞬避けようと思ったが、すぐに考えを改める。  間に合わない、変に避けようとして半端な受け方をしたら殺られる!  咄嗟に二人で剣を前方に交差させ、グリーパーのかぎ爪を受け止める。 「くっ!!」  想像の何倍も重い……一人だったら確実にやられていた。 「やあっ!!」  二人でタイミングを合わせてはじき返し、別々の方向に一旦離脱する。 「行くわよ!」  私は一気に加速し、グリーパーの右側から切りかかる。  狙いは鱗のない”目”だ。ここ以外に切れそうな部位が見当たらない。 「くそ!」  しかし私の狙いは、グリーパーが屈んだことで、硬い鱗にはじかれる。  そのスキにレシファーが懐に潜り込もうとするが、今度はグリーパーがかぎ爪を振り回し失敗する。 「どうしますアレシア様……正直勝ち目が浮かびません」  再び距離をとり、呼吸を整える。  緊張で息苦しい……  魔力さえあればと思ってしまうが、無いものに縋っても仕方がない。 「あら奇遇ね、私もよ!」  私は再び加速し、今度は正直に目を狙わずスピードを生かしてグリーパーの周りを攪乱する。  レシファーもタイミングを図っているが、残念ながらグリーパーは私のスピードに追いつき、私が体重移動をするタイミングを狙って、私を蹴り飛ばす! 「アレシア様!」  私は蹴られた衝撃で声が出せず、森に響くのはレシファーの声だけだった。 
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