第六章 憤怒の魔女イザベラ 1

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第六章 憤怒の魔女イザベラ 1

「これで四皇の魔女も残り一人ですね」  レシファーは見事に水没してしまった小屋を見ながら、そう呟く。 「残ってるのは……イザベラか」  私もレシファーに並び、水没してしまった小屋を眺める。  アデールの魔法で大量の水に飲まれた小屋は、そのまま潮が引くように湖の底に水没してしまっていた。 「小屋はもう無理そうだね……」  私達の隣にエリックも並び、湖の底を見つめている。 「引き上げ自体は出来るでしょうけど、アデールの魔力に浸された小屋なんて危険で使えないわ」  そうなのだ。  別に湖の底から小屋を救出すること自体は可能なのだが、引っ張り出したところで感は拭えない。  あの小屋は、当然私とレシファーの魔力で様々な仕掛けがしてある。それがアデールの魔力で満たされた湖の底に沈められてしまえば、魔力同士の反発作用が起きる。  すると本来の機能はせず、下手したら暴走する可能性すらあるのだ。 「今からもう一度作るって手もあるけど……」  私は言いながらレシファーの顔を見る。  彼女は彼女で首を横に振った。 「今からまた作るとなると、私とアレシア様が三日三晩動けなくなります……流石に危険では?」 「やっぱりそうよね……諦めるしかないか……」  そう。あの小屋は本当に時間と魔力を注ぎ込んで作った最高傑作だった。  作成当時は、結界に入ったばかりでまだ他の魔女に狙われていなかったから、三日三晩無防備で作り続けても大丈夫だったが、今の状況でそれを行うのは自殺行為だ。 「私とアレシア様で、交互にエリックを抱きかかえて飛びますか?」 「そうね、そうしましょう。エリックもそれで良いでしょ?」 「僕に拒否権は無いよ」  エリックは笑いながら軽口を叩く。  ようやく彼も落ち着いたというか、軽口を叩けるくらいには今の環境に慣れたということだろう。  本来のエリックの性格といえば、実年齢よりも純粋な子だ。他の同年代の子供たちはもう少し大人びているというか、ませている印象がある。  そんな中でエリックは真っすぐ育ったほうだろう。私やレシファーといった魔女や悪魔と接していながら、ここまで純粋に育ったのは奇跡と言って差支えない。 「そうね、エリックは私に抱えられていなさい」 「じゃあ僕をよろしくお願いします!」  エリックはそう言って私に抱きついてきた。  まだ抱える時じゃないんだけどなあ……まあいっか。  嬉しい気持ちに嘘はつけない。 「そろそろ行きましょうか?」 「そうね」  私とレシファーは翼を展開する。  今思えば変に小屋を移動させるよりも、こっちのほうが魔力の消費量はかなり抑えられる。それに空を飛んでいれば、地面を疾走する大量の魔獣たちにいきなり襲われる心配もない。  それでも小屋ごと移動していたのは、いざという時のエリックの預け先として優秀だったからだ。 「レシファー、今まで空を飛んでくる魔獣なんていたかしら?」 「そういえば四皇の魔女が生み出した魔獣以外では見たことないですね。最初の森のデザインも、ほとんど地上戦寄りのデザインだったと思います」 「じゃあ空を飛んでの移動は比較的安全そうね……もしなんか飛んで来たらエリックに弾いてもらいましょう」 「まかせて!」  私はエリックを抱えてゆっくりと飛翔する。  もう主人は消えたとはいえ、魔女のテリトリーだった場所に長くいるのは危険だ。それに他の魔女が偵察に来る場合もある。  うん? 他の魔女? 「ねえレシファー? この結界をキテラが張った時、そこそこの数の魔女がこの結界の中に逃げ込んだはずよね? 彼女たちはどうしちゃったのかしら? 今のところ四皇の魔女にしか出会ってないわ」  私はその事実に気がついていなかった。確かにキテラは優秀な魔女を選別して連れて来たはずだが、それでも四皇の魔女だけなはずがない。 「言われてみれば不思議ですね。私も三〇〇年のあいだ、四皇の魔女を除けば一度も魔女を見ていません」  レシファーがそう言うのなら間違いない。  一体どこへ消えてしまったのかしら? 「そう……今考えても仕方ないか。分からないものは分からないものね」 「そうですね。そろそろここを離れましょう」  私達は地面からおよそ十メートル付近の高さで移動を開始する。  とりあえず向かう先は、遠くに見える山だ。キテラがどのような工房を作成しているか分からないが、平原のど真ん中で魔獣を生成しているとは思えない。 「となると山か森か……」 「そのあたりが妥当ですね」  レシファーも私の意見に同調する。  そのまま速度を上げ、一番近くにあった山まで、約三時間かけて移動するが、この山は木が一本も生えていない禿山だった。  洞窟のような身を隠せる場所もないので、次に移動する。  禿山を過ぎてさらに二時間ほど進むと、私達は左右を切り立った崖に挟まれた、熱帯雨林のような場所に入り込んでいた。  空を見上げれば、太陽がだいぶ傾いている。  そろそろ日が暮れてきそうだ…… 「そろそろ隠れられる場所を探しましょう」 「それならあそこはどうですか?」  レシファーが指さす先には、崖から流れる滝があった。 「レシファー? 滝で寝るの?」  エリックは凄まじいことを言い始めたが、そうではない。 「違います! 滝の裏って意外と穴になってたりするんですよ!」  レシファーは必死に抗弁する。  こうしたやり取りも久しぶりに思える。  エリックが結界に閉じ込められる前は、毎週末こんな具合だった。エリックが変なことを言い出したりしだしたり……それにレシファーや私が振り回される日々。  またそうやって暮らせる日が来るのかしら?    とりあえずレシファーの指さした滝に近づくと、裏側には小屋ほどの広さは無いにしろ、寝るには十分なスペースがあった。  私は早急に結界を張り、魔獣に見つからないようにする。  魔力を込めると、小さな穴の岩の隙間からツタが一気に成長し、滝の左右の隙間を覆う。  滝の音でこちらの声は外には漏れないので、後は結界の効果で匂いをシャットアウトすれば問題ない。  夜型の魔獣は大抵匂いで敵を探すので、これでほとんど見つかる可能性はないだろう。  レシファーは魔法でツタを地面に敷き詰め、その上に巨大な葉っぱを何重にも敷いて、即席のベッドを作成する。 「ありがとうレシファー」  レシファーは笑顔で顔を横に振ると、そのまま横になる。  本来悪魔は寝る必要が無いのだが、ずっと一人で起きているのもつまらないでしょう? という私の提案で、彼女も一緒に寝ることにしている。  とはいっても敵が近づいてきたら、真っ先に反応するのは彼女なのだ。 「ねえアレシア?」 「うん?」  私達もレシファーに倣って横になると、エリックが妙に真剣な表情で私に声をかける。 「アレシアはキテラを倒した後、どうするの?」  キテラを倒した後のことか……あんまり考えたこと無かったけど、四皇の魔女も残り一人、他に障害になりそうな者はいなさそうなので、意外と考えておくのもありなのかもしれない。 「キテラがいなくなれば……魔獣はそれ以上生成されなくなるし、おそらく結界も消えるから……全ての魔獣を殺し尽くすのが先かしらね?」  とりあえず無難な返事をする。  キテラや魔獣が消えて、結界も消えた後の世界……考えてもみなかった。 「じゃあ、その後はどうするの?」  エリックはさらに詰めてくる。  彼が聞きたいのがその先なのだ。 「うーん……そうね。人間のいる町に行ってみるのも悪く無いかもね。私が眠っている間に世界はだいぶ変わったみたいだから、エリックから聞くだけじゃなくてこの目で見てみたいわね」  私はエリックに背中を押されて、自身の願いを口にした。  私の返事を聞いたエリックは、そのまま目を瞑る。 「その時はずっと一緒にいるからね」  エリックは一方的に私にそう告白すると、恥ずかしいのかそのまま寝てしまった。
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