第七章 悪魔のちょっかい 1

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第七章 悪魔のちょっかい 1

 イザベラとの激闘から二日。私達は森よりもジャングルと形容した方が良さそうな、うっそうとした木々の中に結界を張り、回復を待った。  私に関して言えば、体と魔力の回復は十分できており、戦うたびに魔力の上限と回復力が上昇しているのを感じる。  戦っているうちに、体が全盛期を思い出してきているという事なのかしら?  それともこの結界の不思議な効果のせいだろうか? 「分からないことだらけね……」  この結界での在住期間、およそ三〇〇年……ほとんど眠っていたから仕方がないのかも知れないけれど、私はこの結界について知らないことが多すぎる。  今更だけど、そもそもどうしてエリックが結界を潜り抜けて、毎週末に私の元に来れていたか不思議だ。  当時はなんとも思っていなかったけど、いくらエリックがリアムの生まれ変わりだとしたって、それが結界の通行証にはなりえないはず。 「何が分からないの?」  私の独り言に反応したのは、レシファーの看護を続けるエリックだった。 「なんでもないわ。それよりレシファーはどう?」  私は話題をそらしつつ、レシファーの容態をたずねる。私なんかよりもよっぽどダメージが深刻なのは彼女の方だった。  肉体的なダメージというよりも、イザベラとの戦闘で全力を尽くした反動が大きかった。  私が敵わなかったイザベラをあっさりと倒してしまったレシファーの実力は、相当なレベルだった。  もっとも、あっさり倒したように見えただけで、実際は魔力を限界までフルに使っての戦いだった。その結果が今の寝たきりのレシファーというわけだ。 「たまに目を覚ますけど、意識がハッキリしないんだ」  エリックは不思議そうにレシファーを見る。 「良かった……それじゃあ直に目を覚ますわね」 「だと良いんだけど……レシファーが寝言で変なことを言うんだ」 「なんて言ってるの?」  レシファーが寝言? 普段寝ることがない彼女が? 「境界を越えてやって来る、破滅がやってくるって……どういう意味か分かる?」  エリックは私にたずねる。  そんなもの私が知りたいくらい。  境界を越えてやってくる? なんとなく境界がこの結界のことを指しているようには思えるけど、破滅がやってくるの意味が分からない。抽象的過ぎる。 「私にも分からないわね。レシファーが目を覚ましたら聞いてみましょう」  私は考えながら彼の顔を見ずに、そう答えた。  こういうのは本人に聞くのが一番手っ取り早い。 「アレシア!」  私がエリックに背を向けて答えた直後、彼の切羽詰まった声が響いた。  突然のエリックの声に驚いて彼の方を見ると、ぱっと見ミノタウロスのような生物がエリックの背後、二メートルほどの場所に微動だにせずに立っていた。 「命よ、侵入者を打ち払え!」  私はとっさに魔法陣を展開し、ミノタウロスに向けて避ける隙を与えない速度で大木をぶつけて、吹き飛ばす。とりあえずここからアイツを引き剥がしたい! 「エリックはここでレシファーを見てて!」 「わかった!」  私はレシファーをエリックに任せて翼を展開し、ミノタウロスを吹き飛ばした方角へ移動を開始する。  それにしても一体どうやって結界の中に?  あの結界は敵の侵入を防ぐような効果はないが、それでも敵が接近したら分かる仕組みになっている。  それなのに、その結界に感知されないであの場所に急に出現できる?  ありえない、ありえない、ありえない……あのミノタウロス擬き、普通の魔獣じゃない。  というよりも、あの魔力の気配……どちらかというと魔獣じゃなくて悪魔だ!  どうやら私の魔法は、あのミノタウロスをかなり遠方まで吹き飛ばしていたらしく、敵を追ってジャングルを突き進むうちに、だだっ広い岩場に飛び出した。 「随分と余裕そうね」  私はようやく追いついたミノタウロスに声をかける。かけるが返事が全くない。  喋れないのか? 「お喋りは苦手なのかしら?」  あらためて見るとこの悪魔、本当にミノタウロスそっくりだった。  背丈は三メートルほど、全身を獣のような漆黒の体毛が覆い、腰には布をあてがってはいるが、ほとんど裸に近い。異常に発達した筋肉はどう見ても自然界のそれではなく、魔の者の筋肉のつきかたで、魔力の強さもポックリなどとは比較にならない。  頭から生えている二本のひねくれた立派な角が、見る者に恐怖を植えつける。 「ガーーー!!!」  ミノタウロスは顔を上に向けて大きく咆哮する。  その咆哮は私の内臓を揺り動かす。  少しでも気を抜いたら精神を持ってかれるような、そんなおぞましい雄叫びだった。  そしてミノタウロスは、叫び終わったのを合図に巨大な斧を時空を切り裂いて呼び出す。 「なによそれ!?」  私はただ驚くばかりだった。  魔獣を召喚したり、なにかを呼び出したりするのは、魔法のもっとも得意とするところだが、今あのミノタウロスが呼び出したのは魔力が籠った斧、ほとんど魔剣に近いものだ。  そしてなによりそれを異界と呼ばれる場所から呼び出した。  異界は、いわば悪魔の世界。この世界線とは決して交わることのない空間だ。  悪魔といえども、この世界と異界の行き来は出来ない。  冠位の悪魔であるレシファーでさえ、この世界で死なない限り異界には戻れない。  悪魔たちの死後の世界、それが異界だ。  そんな異界から武器を易々と呼び寄せる目の前の悪魔は、一体なんなのだろう? 「異界に繋がりながらこの世界に干渉するなんて不可能なはずだけど? このミノタウロスはどうなっているのかしら?」  私の呟きを無視して、ミノタウロスは粛々と魔力を斧に込める。  敵の戦い方は、おそらく接近戦だろうけれど……意外と遠距離戦もやってきそうな魔力量だ。下手に動けない。  いろいろと情報が無いのだが、一つ言えるのは、このミノタウロスが確実に冠位の悪魔だということだ。  異界とこの世界を自在に行き来できる冠位の悪魔……考え得る限り最悪な相手。 「え!?」  気がつけばミノタウロスは視界から消えていた。  どうして?  私はずっと敵を視界におさめていたはず……いつ消えた?  私は動けないまま周囲を警戒する。  全身に魔力を張り巡らせ、いつでも回避出来るように…… 「!?」  一瞬感じた、こぼれ出た魔力の位置を背後に特定し、一歩前に出ると、さっきまで私がいた場所に容赦なく巨大な斧が突き刺さる。 「一体どこから?」  私はすぐに振り返り、ミノタウロスの姿を捉えると無詠唱の軽い魔法を放つ。  地面から生えた木々達が次々とミノタウロスに絡みつくが、相手は避ける仕草もせず、ただ己の魔力の強さだけで弾いてしまう。 「やっぱり無詠唱では意味無いか……」  それにしたってどうやって私の後ろに?  何も気配を感じなかった。移動スピードが速いとかそういう問題では無い。  ほとんどワープに近い。  線ではなく、点で移動しているようだ。  ミノタウロスは地面から斧を抜くと、今度は私に向かってしっかり構える。 「来るか?」  私も構えると、ミノタウロスは普通に真っすぐ走ってくる。  さっきのようにワープはしないってこと?  人語を理解出来ていなさそうだから、あまり知能が高いとは思えないけど、それでも魔力の強さは完全に冠位の悪魔のそれだ。警戒しないわけにはいかない。  何かを狙っているのか? 「命よ、我に従い、その名を示せ!」  私の詠唱とともに、私の全方位を地面から生えた木の壁がカバーし、その壁から木の槍が無数にミノタウロスに飛んでいく。  こちらに走ってくるスピードは、そこらの魔獣と変わらない。  何かしらの魔法を使わないと回避できないはずだけど……  私が瞬きをした瞬間、背後にミノタウロスの気配がした!
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