第八章 キテラという魔女 1

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第八章 キテラという魔女 1

「本当? 場所は?」 「今お前たちがいる地点から、北東に半日ほど行った先の平原だ。そこでお前を待っているっぽい」  ポックリは声をひそめる。 「分かったわ。ありがとう。それで、貴方は無事なのよね? 無茶はしちゃだめよ? 私たちが行くまで大人しくしてて!」  あれだけキテラを殺すと宣言していたポックリのことだ、ここで私が釘を刺しとかないと何をしでかすか分かったものではない。 「分かってるよ。流石にあれは俺だけじゃ無理だ。間近で見て理解したよ」  最初から分かると思うんだけど……ポックリは自分が弱いという自覚があまり無いのかしら? 「それは良かったわ。今からそっちに向かうから、大人しくしてなさい」  私はそう言いつけて念話を切る。 「ポックリからですか?」 「ええ、キテラの居場所を見つけたって」  私が口にしたキテラというワードにエリックが反応する。 「大丈夫よエリック。私たちが必ず勝つわ。勝って、貴方をここから出して人間の世界に返してあげる」  私は安心させるようにエリックの背中をさする。  エリックは背中をさする私の手を掴み、振り返る。 「じゃあキテラを倒したあと、アレシアとレシファーはどうするの?」  ああ、そうか。  簡単なことだった。  私とレシファーは実際に戦っているから、キテラを倒すことばかりに気がいっていて、その後の事をちゃんと考えていなかった。  エリックの心配の種は、キテラを倒した後のこと。正確には私やレシファーと別れなければいけないのかが不安だった。 「私とレシファーは……どうしようかしら?」  私は答えに困ってレシファーに話を振る。 「私に振るんですか? そうですね……皆で人間の世界を生きるのも面白そうですけどね」  ああ、良いな……それは良い。 「そうね、それが面白そう。この結界内の魔獣を全て倒してからになるでしょうけどね」  本当にそんな未来が訪れたら……可能性は五分五分だろうけれど、逆に言えばあの絶望的な状況から五分五分まで持ってきたのだ。これは誇って良いと思う。 「それなら……良かった」  エリックは少し機嫌を持ち直し、私の横で歩き出す。  彼に導かれるように私とレシファーも足を前へ。  決して叶わない夢ではない。  むしろ十分過ぎるほど可能性はある。  私が夢見るのは、長く眠っているあいだぐらいのものだったけれど……こんな私にも夢を見ることくらいは許されるのかしら?  エリックの質問のおかげで未来に希望が生まれた。  正直に言えば、私はこの旅が始まる時、死を覚悟していた。  レシファーが心配していたように、自暴自棄になっていたところがあった。  頭の片隅にはいつも自分の死を肯定している自分がいて、エリックさえ人間の世界に逃がせば、私についてきてくれるレシファーが生き残ってさえくれれば……そう思っていた。  でも今は違う。  断言できる。  私の思い描く未来にはエリックがいて、レシファーがいて、ついでにポックリも……そこに自分の姿も朧気ながら見える。  今はまだ薄っすらとしているが、いずれ本当にその未来を実現させてハッキリとした色をつけてやる! 「ありがとうエリック。おかげで光が見えたわ!」 「どういう意味?」  私に突然お礼を言われたエリックは困り顔だ。 「エリックは分からなくて良いのよ」  そう。分からなくて良い。  これは私の描いた未来。  私だけの未来。  エリックが、ただそこにいてくれるだけで幸せなのだ。 「アレシア様。そろそろ……」  レシファーに言われて私は空を見上げる。  一時の平和な時間は終わりを告げる。  ここからは死闘だ。  飛び立てば、もう戻ることは出来ない。  ここからはノンストップだろう。 「そうね、あんまりポックリを待たせ過ぎてもいけないわね」  そう言って私とレシファーは翼を展開する。 「エリック。しっかり掴まって」  私はエリックを抱きかかえ、宙に浮かぶ。  彼も彼で必死に私にしがみつく。  この彼のぬくもりを感じるのが最後にならないようにベストを尽くす……いや、それだとまるで負けるみたいで良くないわね。  キテラを倒した後、また彼を目一杯抱きしめるために、キテラの元に向かう! 「行くわよ!」 「はい!」  私の合図でレシファーも飛翔する。  私たちは、地表の木が豆粒ほどに見えるまで高度を上げてから出発する。  道中、地表を眺めながら進むが、キテラが生み出していた量産型の魔獣がほとんどいなくなっていた。  イザベラが言っていた、キテラが魔獣を生み出すのを止めたというのは本当らしい。 「なにあれ?」  私はだだっ広い平野に佇む大きめの黒い影を指さす。  遠すぎて分からないが、あれは魔獣ではなさそうだ。 「あれは……悪魔?」  レシファーは首を傾げながら答える。  彼女でも確信を持てないのは距離のせいなのか、あれが特殊過ぎるのか……得体のしれない影だろうと悪魔だろうと、一つだけ言えるのは、この結界が正常では無くなっているというところだ。 「悪魔ってそんなにポンポン出くわすものだっけ?」 「普通はあり得ないのですが……どうなっているのでしょうか?」  冠位の悪魔であるレシファーが分からないのであれば、もうお手上げだ。ここから先は、この結界の創設者本人に直接聞くしかない。    私たちはそのまま飛行を続け、ポックリの指定したポイント付近で地上に降り立つ。  ここに来る途中で、悪魔らしき影を最初の一体を含めて六体見つけた。  私たちの移動距離だけでそれだけいたのだ。  あれが全てとは到底思えない。  下手したらあれの十倍以上は普通にいるかもしれない。 「ところでレシファー? あのミノタウロスは、異界とこの世界を行き来できるのよね?」  私は先を行くレシファーの背中に声をかける。 「はい。そうですけど」  レシファーは不思議そうに振り向く。  少し嫌な考えが浮上する。 「悪魔は死んだら異界に送られる。ということはあのミノタウロスは異界に送られていて、再びこっちに出てきたりとかは……」  ないとは言えない。  本当にそうならある意味不死の悪魔となってしまう。 「それなら大丈夫ですよ。悪魔が一度死んで異界に送られると、門番から首に呪いをかけられますから。その呪いがある限り絶対にこちらには来れません」  レシファーから昔聞いていた悪魔の門番。  こっちの世界で死んだ悪魔が異界に送られると、門番が呪いをかけて異界から出られなくなるらしい。  その門番の存在は絶対で、覆ることはないらしい。  あのミノタウロスを例外として、死ぬことでしか門はくぐれない。 「だったら良いのだけれど」  私は思考を切り替える。  今はキテラに集中する時だ。  おそらく彼女は、私たちがここにいることなどとっくに気がついている。  気がついていて放置している。  要するにとっとと来いと誘っているのだろう。 「とりあえずポックリと合流ね」  私達が降り立った地点は、森の中に出来たクレーターのように開けた場所。  ポックリはこの先にいる。  私たちは周囲を警戒しながら森の中へ入っていく。 「おお、お前たちが見えたぜ!」  不意に念話でポックリが話しかけてきた。 「あらそう? だったら早く合流しましょう」 「待ってな!」  ポックリの念話が切れて三分後、ポックリが森の木々の隙間から現れた。 「よう! 久しぶりだな!」  妙にテンションが高いのはキテラを殺せるからなのか、それともエリックに再び会えたからなのか……前者であると願いたい。 「久しぶりですね。無事でしたか?」 「ああ、レシファー様! ありがとうございます! 大丈夫です!」  それだけ答えると、ポックリは急いでエリックの元に駆け寄る。  私とレシファーの扱いの差には目をつぶるとして、どうしてここまでエリックにご執心なのかしら?
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