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ある日、外出先で綾乃はスマホを操作して電話をかけた。
呼び出し音が鳴って2秒後に電話口に出た相手は、いわゆる「アッシーくん」というやつだ。
「もしもし、足立くん? 実は終電逃しちゃって帰れなくなっちゃって……お願いっ、車でお迎えに来てくれない?」
そんな急なお願いにも難なく対応してくれるのが、アッシーくん。
「わかった、すぐ迎えに行くから待っててね!」
そうしてカフェで時間を潰すこと1時間後、到着したアッシーくんの自慢のスポーツカーの車内へと乗り込む。
「ごめんねぇ、こんな遠いところまで迎えに来てもらっちゃって!」
「いやあ、綾乃ちゃんのためならこんな距離、どうってことないよ〜。いつでも呼んでね! どこでも迎えに行くからぁ〜!」
「本当に? 嬉しいっ! ありがとう!」
こうして、いつも車で迎えに来ては寄り道することなく自宅近くまで送り届けてくれるアッシーくんに可愛くお礼を告げると、アッシーくんはセックスどころかキスすら迫ることもなく、喜んでくれるのだ。
しかし、男を試すと固く決意した綾乃の挑戦は決して生優しいものではなかった。
「(ふっ、さすがはアッシーくんね。さぁて、あなたは一体どこまで私のために頑張れるのかしらねぇ……ふっふっふ)」
——別の日。
東京から県を3つほど跨いだ地点で待つ綾乃の元に、アッシーくんの車が少し疲れたエンジン音を轟かせながら停まった。
「ごめんねぇ足立くん、3時間もかけてこんなところまで迎えに来てもらっちゃってぇ」
「あ、ああ……。け、結構遠かったけど、綾乃ちゃんのためだからね……はは、ははは……っ」
——また別の日。
九州地方の西端に位置する長崎県、某市某所にて待つ綾乃の元に、アッシーくんの車がエンジン内でカラカラと異音を奏でながら現れた。
「やだぁ、ごめんね足立く〜ん! こんなところに15時間以上もかけて迎えに来てもらっちゃってー!」
「……ああ……。さすがに途中、サービスエリアで仮眠取ったけどね……」
「ほんとにごめんね、無理させちゃって! だって私ってば、お迎えは絶対絶対足立くんじゃなきゃダメなんだも〜ん!」
「そ、そっか……嬉しいよ、綾乃ちゃん……っ」
——またまた別の日。
住み慣れた自宅アパートに居ながら、邪悪な笑みを口元に浮かべて綾乃は電話をかけた。
「あ、もしもし足立くーん?」
「あ、綾乃ちゃん……今日はちょっと……」
「あのね、実は今私、沖ノ鳥島っていう絶海の孤島にいるんだけどぉ……ここって定期便の船もないから帰れなくて困ってるのぉ。ねぇお願い足立くん、お迎えに——」
「さすがの僕も……車で海は渡れない……っ!」
ツーッ、ツーッ、ツーッ……
「……ふっ、だーれが絶海の孤島なんかに何しに行くっていうのよっ。てか、そもそも上陸できるわけないでしょっ!」
戦いの勝敗を分つゴングが鳴り響いた。
そしてそれ以来、アッシーくんは音信不通となってしまうのだった……。
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