その40 青き涙

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その40 青き涙

 サニーが再び意識を取り戻した時、周囲を取り巻く現実に殆ど変化は起こっていなかった。  未だ全身を茨の蔓で絡め取られている自分。拘束の強さは先程までと全く変わっておらず、それに伴う痛みも気を失う前と同じままだ。 「ウ、ウウウウウ……!」  だが、目の前でサニーを捕えている張本人には明らかな異変が表れていた。  苦悶に身を震わせるセレンが、忌々しげにサニーを睨む。 「ヨクモ、知ッタ風ナコトヲ……! 余所者ニ、分カッテタマルモノカ!」  吐き出される呪詛の声も何処か弱々しい。サニーは苦しむセレンを真っ直ぐ見つめ、静かに口を開いた。 「間違っているとは思わないよ。シェイドさんもきっと、それを望んでいるから」 「貴様ァッ!」 「ううっ!?」  激情の発露と共に、茨の締め付けが強まる。あまりの痛みに、サニーはこれ以上無い程に死の予感を間近に覚えた。  しかし何故か、恐怖は無い。言うべきことを言ったという達成感があったからだろうか?  いいや、違う。サニーは激痛の中で思い出していた。  何度も自分を助けてくれたヒーローは、いつも絶好のタイミングで現れたくれたことを。  だから―― 「そこまでです!」  廊下に、彼の声が響いても然程驚きはしなかった。  むしろ、何処かで期待していた。  そしてやはり、彼はそれに応えてくれたのだ。 「ナッ――!?」  青い閃光が幾筋も疾走(はし)ったかと思うと、サニーを縛っていた茨の蔦が次々と寸断され、バラバラの肉片となって地面に散らばった。  そして、サニーを守るように正面に立つ、薄紫色の髪をした紳士。 「シェイドさん!」  サニーの弾んだ声に、シェイドは僅かに横顔を見せて微笑んだ。その手に構えるステッキの握りの部分で、嵌め込まれたブルー・ダイヤモンドがいつもより一際青く光り輝いていた。 「シェイド、サマ……!? 何故……!」  突然の登場もそうだが、何よりもシェイドの持つブルー・ダイヤモンドのステッキで自分の触手が切断された事に、セレンは酷く動揺した。  当然であろう。バース炭鉱の戦いでは、【アポロンの血晶】を取り込んだ自分に、シェイドは文字通り刃が立たなかったのだ。ブルー・ダイヤモンド……【ヘカテーの落涙】が持つ力でさえ、今の自分には通じない。その筈だった。  それなのに、この結果はどうしたことか? 「セレン、来ると思ってましたよ。今度こそ、決着を付けましょう」  シェイドの声に、揺らぎは無い。決意と自信に満ち溢れており、セレンに対して迷いを見せていた時とはまるで別人のようだ。  泰然としたシェイドの様子に、サニーも密かに確信を抱く。  もう、彼は負けない。必ず、セレンに勝つと――。 「エエイッ!」  苛立ちを露わに、セレンが巨体を窓枠に押し付けてくる。  ミシミシ、と建物が軋む音に続いて壁面にいくつもの亀裂が走り、とうとうけたたましい音を立てて窓枠が弾け飛び、壁が崩れた。 「ごほっ、ごほっ! 壁が……!」  巻き上がる土埃の中、セレンが岸辺に乗り上げる大船のように中へ乗り込んでくる。  月明かりに照らされたその黒い全身は、バース炭鉱での爆発でダメージを負ったからか、更に歪に成り果てていた。 「アナタガコノ場ニ現レタノナラ、ソレハコチラニトッテモ好都合ト言ウモノ。コウナレバ、サンライト様ト纏メテアノ世ニ送ッテ差シ上ゲマショウ!」  残りの蔦と、バース炭鉱の戦いでシェイドを圧倒した四本の触手をうねらせて威嚇するセレン。  だが、それを見てもシェイドは動じない。僅かに腰を落とし、静かに構えている。 「来なさい、セレン」 「ナラ、オ望ミ通リニ――!」  セレンの、触手と蔦の動きが一瞬止まる。  同時に、シェイドはステッキを逆手に持ってブルー・ダイヤモンドの部分を高く掲げてみせる。  刹那の静寂。壊れた壁から差し込む月光が、セレンとシェイドを淡く包み込む。 「――シャアッ!」  機が熟したと見たセレンが、互いの間に満ちる空気ごと突き破らんとするかのように、触手と蔦を一斉にシェイドに向けて放った。  一方のシェイドは動かない。ステッキを月に向けて掲げたまま微動だにしない。  セレンの口の端が、僅かに吊り上がる。勝った、と言いたげに残酷な笑みが顔いっぱいに広がった。  明確な殺意の込められた凶手が、佇むシェイドの身体に触れようとした時―― 「月の女神よ。我が求めに応じ、どうか力を授け給え」  ブルー・ダイヤモンドが、その青い光を俄に強めた。
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