手を繋いで

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手を繋いで

「アイ! おまえ、全然泣いてなかったなあ。悲しくないの?」 北川が呆れ顔を向けると、アイは仁王立ちでダブルVサインを作り、前面に押し出してきた。同時に満面の笑み。 シャッターを切るのをやめ、スマホを向けていた手を下ろす。北川は眩しそうに目を細めた。小さかったアイの身長は、今や北川の肩にまで迫っている。 「ぜんっぜん! パパわかってない! だってこれは出発なんだよ! うーーワクワクするうぅぅーー! だから悲しくなんてないもーーん」 そして、同級生のもとへとバタバタと走っていった。女子が一人、泣きながらアイに抱きつこうとしている。その頭をぽんぽんしながら、ぎゅっと抱きしめた。周りを囲む男子たちがそれを見て、囃し立てている。 「アイちゃん、大人気ね。お友達多いから」 夜爪がくすくすと笑う。 「あいつ、友達がうちに遊びにくると、俺のショールームをめちゃくちゃにするんだよ。このあとだって絶対に、」 「約束してるって言ってたわ」 「やっぱりか。じゃあお菓子とジュースを買って帰ろう」 「あと、卒業祝いのケーキも」 「チョコレートケーキ作ってくれたんじゃなかった?」 「ふふ、それがちょっと失敗しちゃって。砂糖が全然足りなかったんだけど、買いに行くのも面倒じゃない? ある分だけしか入れられなかったの」 「え。マジで?」 結婚してから夜爪が意外と面倒くさがりでおおざっぱな性格だったことがわかる。砂糖がないから入れられないって……と、なかば呆れながら北川が訊いた。 「うわ、それ全然甘くないってこと?」 「ビターテイストってこと」 「上手いこと言ったつもりだろうけど……アイは甘いのが好きだからなあ」 「だから今日のところは苺のケーキを買っておいて、ビターテイストのチョコケーキはワインと一緒に食べましょう」 「苺のはホールで?」 「ホールで! だって今日はアイちゃんの卒業式だもの」 北川が隣に立っていた夜爪の肩を抱き寄せる。夜爪もことんと頭を肩へともたせかけた。 「早いなあ。あっという間だった。もう中学生だなんて、信じられないよ」 夜爪がふふっと含み笑いをする。 「ここ数年は、雑務に追われてお仕事が大変だったから」 「役所がエアリアルルーム関連の法律をころころと変えずにいてくれりゃ、俺も余計な仕事が増えずに済んだんだけどな」 「資格の更新が大変だものね」 「そうそう」 アイが振り返って手をぶんぶん振ってくる。 「パパママ! 今日ってこの後、うちで遊んでいい?」 北川は夜爪の肩を抱いたまま夜爪を見ると、うちいい? と小さく訊いた。夜爪がそれにこくんと小さく応える。 「うちで遊んでいいってよ!」 「ほんと? ありがとー! いひひひひ」 出た。アイの意味ありげな笑い。 夜爪と顔を見合わせる。 「なんだありゃなんの笑いだ? あいつ、またなにか企んでやがるな」 「またショールームをお化け屋敷にするのかしら」 「うわっ! あんとき、ソファをスライムまみれにしやがったからなあ。ちゃんと見張っとかないと!」 「そうね。あれは確かに後片付けが大変だった」 「君も珍しく怒っていたね。アイちゃんちょっとこっちにいらっしゃい! ってね」 ふふふっと口もとを押さえ、思い出し笑い。夜爪が可笑しそうに笑った。 「ねええぇ、パパママ! おやつとジュース買っといてえぇぇぇー」 手を上げて応える。 「おう! わかったよ!」 「買っておくね!」 まだ肌寒い、三月。 卒業式会場には、暖房が入れられていた。 こうして外にいると、身体が芯から冷えてくる。 北川は肩を抱いていた手を解くと、夜爪の手を握る。その手は相変わらず冷たい。指が白くなりかけていた。 握っていた手を繋いだまま、そっとコートのポケットに入れた。ポケットに入れてあったホッカイロの温かみが、二人の手に伝わってくる。 「あったかー」 夜爪の吐息混じりの言葉に、北川は満足げに笑った。
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