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思いも寄らぬ紹介
「夜爪さん、僕のことを何でお知りになったんです? ホームページですか? それともどなたかのご紹介ですか?」
持っていたケーキの入った箱をそっと机の上に置くと、夜爪は表情を緩めてから勧めたイスに座った。
箱にはアイが大好きなケーキ屋のロゴが入っている。前回、二回目の打ち合わせにしてすっかりアイと意気投合した夜爪が、次に契約に来る時にはアイの好きなケーキを買ってきてくれると約束してくれた。
律儀な人だと思った。これではどちらがお客様かわからない。
複雑な思いで箱を開けると、ショートケーキとチョコレートケーキ、フルーツタルトなどが数種類、大きめの箱に所狭しと詰め込まれている。
苦く笑った。
「10個も……こんなにも買ってきてくださったんですね。いただいたもので恐縮ですが、僕たちも食べませんか? 夜爪さんはどのケーキが良いです?」
「どれでも大丈夫です。あまり好き嫌いありませんので」
その返事で中から二つを取り出すと、残りを冷蔵庫に入れる。テーブルに淹れたばかりのコーヒーを置き、夜爪の前に座った。
「……遠慮なくいただきます」
巻いてあるフィルムを取り、二人で食べ始めた。
「それでうちのことはどこでお聞きになったんですか? うちは大々的に宣伝はしていませんから……」
話を再開した途端、夜爪がフォークの手を止めたのに気づいて、北川はふと視線を上げた。どこか言いにくそうな面持ち。
「……弟が数年前にこちらでお世話になりまして、」
「弟さんですか? そんな若い依頼人いたっけ、……な、……って、あっ!」
勢いよく立ち上がった。その拍子にイスがガタッと揺れた。
「まさか、あのIT会社NNPの? あのCEOの?」
「はい。その節は弟が色々とご迷惑をおかけしまして……」
途端に。苦々しい思い出が蘇る。迷惑をかけられたというか、もうちょっとで犯罪の片棒を担いで、警察沙汰にでもなるところだった。
「た、滝田さんのお姉さんだったんですか」
夜爪が、素直にこくんと頷く。
「お名前が違うから……ぴんとこなくて」
「……あ、はい……そうですね」
消えゆく言葉じりに気を払えなかった。混乱したのもある。あの男が夜爪の弟とは、と。すると冷ややかで無表情、仮面のような顔が思い浮かばれた。
滝田 要。
ここ数年で急成長を成し遂げたIT関連のベンチャー企業のCEOだ。
「……そう……だったんですか」
守秘義務がある。依頼者や依頼内容については、たとえ家族といえど、ほいほいと語ることはできない。半分に切ったチョコレートケーキを、口の中へと言葉と一緒に無理矢理ねじ込んだ。
喉にねっとりとチョコレートの甘さと苦み。その糖分が脳へと回る頃、北川は彼に度肝を抜かれた依頼内容を思い出していた。
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