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驚くべき依頼
「まさかあの滝田CEOのお姉さんとはなあ」
姉弟で持ち込まれた依頼の特殊さに、苦く笑うしかなかった。似た者姉弟とでも言うべきか。結局は夜爪の提案により、購入したエアリアルルームに、ひらがな積み木を並べることとなった。
「あんながらんどうな部屋に、家具もインテリアもなんも要らないときたもんだ」
ただひたすら、ひらがなを並べていくだけだという。
そう。確かにそれは棺桶のようだ。
〝空間に日記を綴る″
北川は中指で自分のこめかみをぐいぐいと押した。
(膨大な量の積み木はトマツトイの大谷に頼むとして……)
はあ。大きなため息。いや、ため息しか出ない。「空間コーディネーター」としての仕事をさせて貰えないのだから。
「なんなんだよ、あの姉弟はあぁ」
弟の依頼も風変わりなものだった。けれど、コーディネーターとして腕は振るったし、それなりの評価も得た。
「これはすごい! 想像と寸分も違わない!」
滝田の興奮した声がまざまざと蘇ってくる。
まず北川は、滝田が購入したエアリアルルームのど真ん中に、天蓋付きのお姫様ベッドを置いた。ショッキングピンクやキャンディーカラーのリボンやレース。天蓋には、星や月などのモチーフ。ベッドのフレームにはデフォルメされたユニコーンや白兎などの立体的な飾り。
(うちのアイでもこんなの嫌がるぞ)
空に浮かぶ雲のようにふわふわなソファ。その上にはハートやキャンディー型のクッション。チェストはパステルカラー。用意したタオルやキッチン小物までもが、可愛らしいサンリオ仕様。秋葉原や原宿にまで出張し、手に入れたものもある。
「まさか滝田さんの、……趣味なのか? それとも……」
まだ独身だから、恋人との逢瀬に使うのかもしれない。そしてその恋人の趣味なのかもしれない。けれど、どう見積もっても大人向けの趣味じゃない。ってことは。
「まさか女子高生とかじゃないだろうな……」
未成年などと最悪なシナリオを描いてしまう。そう考えると、提示された金額と『漏洩禁止』に辻褄が合うような、そんな気もしてくるのだ。
「その方がしっくりくるーー怖え」
けれど、実際のところはわからない。契約により、依頼の内容のあれこれ以外は、訊くこともできないからだ。
その準備の過程、滝田はちょくちょく北川の事務所を訪ねてきた。北川が何も問うてこないからか、彼もそれに関しては沈黙を貫いた。ただコーディネート上、自分のイメージと合わない部分は、容赦なく変更させられたし、細かく口出しもされた。
「では、また様子を見に来ます」
帰り際、玄関まで見送る。そして滝田は決まってドアに手をかける前に北川へと向き直り、こう念押しするのだった。
「何度も言うようですが、この件については秘密厳守でお願いします。不動産関連で接触がある、コウダ不動産の秋田さんにもです。この依頼内容についてはトマツトイの大谷君にも、何も伝えてはありません。あなたと私だけの秘密なのです。よろしくお願いしますよ」
北川が重々承知していますと言うと、ほっとした表情になる。そして玄関のドアを閉め、帰っていく。
ぶるぶると頭を振る。邪推しかできない頭をリセットすべく、北川は滝田が帰るといつも、コーヒーを淹れた。明日は「キラキラ夢のキッチンセット」を用意するため、カタログとにらめっこの一日だ。
コーヒーを飲み干すと、家を出て車のエンジンをかけ、保育園へアイを迎えに出た。
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