巻き込まれて

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巻き込まれて

現在、取り掛かっている依頼、夜爪 (よづめ まり)の要望を叶えるには、大量の知育玩具「ひらがな積み木」が必要となる。大手の玩具メーカー、トマツトイへと足を運んだ。 トマツトイの社屋は10階建ての立派なビル。受付の女性に名刺を渡して来訪を告げる。 電話でアポを通した受付の女性が、にこやかな笑顔で北川をフロアへと促した。北川は受付の女性の後をついて行きながら、ガラス張りの廊下から見える仕事風景をちらりと横目で見た。 (大谷のヤツもお偉いさんに昇格したことだし、ここから社員がちゃんと仕事してるかどうか、チェックでもしてんのかねえ) 「北川様、会議が終わり次第、大谷が参ります。それまでこちらの会議室で少々お待ちください」 会議室に着くとイスを一つ充てがわれ、そして数分後、コーヒーが運ばれた。 受付からここまで案内してくれた、姿勢の良い、綺麗な女性だ。 お礼を言って、コーヒーを飲む。 会議とやらが長引いているのか、腕時計を見ると約束の3時をとうに回っていた。 やれやれと通された会議室を見渡すと、あの日のことが鮮明に思い出されてくる。肝を冷やした、あの日。大谷とここで言い合いになった。 「おいっ、大谷っ! これは一体、どういうことなんだよっっ」 叫び声がそう狭くない会議室にぐわんと響き渡った。北川はその日、ネットニュースの速報を目にし、真っ青な顔で慌ててトマツトイに駆け込んだ。 「まあ待て! 北川、お前ちょっと落ち着け!」 「これが落ち着いていられるかっ! お前のせいで、犯罪の片棒を担いじまったんだぞ!」 『NNPコーポレーションのCEO 女性を誘拐か?』 そこから数日前のことだった。 北川は滝田CEOへと、完成したエアリアルルームのカギを渡していた。 エアリアルルームのカギと言っても、ただのカギではない。 空間から空間への移動。 それを可能にしたのが、『空間移動装置 エアリアルトランスファー』だ。 地図に一点の印をつけ、離れた部分にもう一点の印をつける。地図などの平面で見れば、この二点の地点には一定の距離がある。けれど、例えば地図を立体的に丸めたり折ったりすることで、その地図上の離れた二点の地点をぴったりと近づけることができる。 それは空間を捻じ曲げて対象の二地点を重ね合わせることを可能にした大発明だった。 エアリアルルームのカギ代わりとなるトランスファーを渡すと、滝田は今までの冷ややかな無表情な仮面を崩し、ニコニコとしながら言った。 「秘密をこうも厳重に守ってくれて助かりました。マスコミにも知られていない。さすがは大谷君の紹介だ、やはり彼の見る目は確かだった」 握手を求められて手を差し出す。ぐっと力強く握られた分、評価が高かったのだと悪い気はしなかった。 「当たり前のことをしたまでです」 だが、心では。 (てかそうは言っても、あの部屋、凄っっっげえ気になってはいるんだけどな) 苦笑だ。 完成した空間は、ショッキングピンクやパステルカラーで見事に埋め尽くされて、それはもう女子高生でもこんな部屋は嫌がるのではと思うような、ぶりぶりの可愛らしさだ。 天蓋付きのお姫様ベッド。そのベッドに似合うフワフワのフリルのついた布団カバーを探すのに、かなり苦労した。ずぶの素人のハンドメイドにまで触手を伸ばし、これだという商品を探し出し、締め切りに間に合わせた。 (いまだに理解しがたいけれど……) 北川は苦笑しながらも受け渡しの手続きに進んだ。 「こちらがその『エアリアルトランスファー』です。使い方は電子マニュアルで確認してください」 北川は、滝田に二十センチ四方の箱を二つ渡すと、書類に受け渡し済みのサインを貰った。 「ありがとうございました。北川さんには感謝しても感謝しきれません」 滝田は丁寧にお辞儀をすると、箱を二つ抱えて、いそいそと帰っていった。 そしてその数ヶ月後のことだ。 ネットのニュースを賑わす大事件が起こったのは。
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