48人が本棚に入れています
本棚に追加
想いの強さ
『NNPコーポレーションのCEO 女性を誘拐か?』
二度見ぐらいではない、三度見四度見し、頭を抱えてしまった。
北川の、スマホを持つ手が震えている。女性を誘拐? まさかあのエアリアルルームに監禁するつもりで……
犯罪の類に加担してしまったのかと、棍棒で頭を殴られたような衝撃を受けた。ガンガン鳴る頭で真っ先に考えたのは、娘のアイのことだ。
この世でアイを託せる親戚はいない。何かあった時には大谷に頼むしかない。そうは思うが、その大谷のせいでこんな目に遭っているのだから、まずは一言言ってやらなければ気が済まないと思った。
そんな中、その大谷から電話があったのだ。
「いったいどういうことだよっ! 文秋のネット記事にデカデカと載ってるんだぞ。おまえまさか知ってて俺に、」
『北川っちょっと落ち着け! 誘拐じゃないから! 絶対に大丈夫だから! その証拠に、お前んとこに警察は来ていないだろう?』
確かに大谷の言う通りだ。もし共謀の容疑がかかれば、誘拐事件がこんなにもデカデカと記事に載る前に、警察の捜査が直ぐにも入るはずだろう。が、その気配はない。
「本当に大丈夫なんだろうなっ」
『その記事はただの煽りだ、煽り! 俺は詳細を聞かされている。大丈夫だから、落ち着け、な?』
「わかった。ちゃんと説明しろ。今からそっちに行くから時間を作れ」
車を飛ばしてトマツトイへと向かった。
「わりいわりい、北川に迷惑かけるつもりじゃなかったんだけどな」
頭をかく大谷を尻目に、北川は会議室のイスにどかっと座ると、腕組みをした。
「さあ、聞こうじゃないか」
大谷が慌てて詳細を話し出す。
駆け落ちだった。
滝田には小学生から仲の良かった幼馴染の女の子がいた。相手方の引越しで、東京と九州の遠距離になってしまったのだが、何とか細々と手紙のやりとりを続けていたものの、一方的に彼女の方が音信不通になってしまった。
最後に交わした約束があった。滝田は大人になってお金ができたら自分が迎えにいくと書いた。返信はなかったが、彼は彼女をいつか迎えに行くことを励みに一生懸命勉強し、そして働いた。
NNPを興し、ようやく一財産が出来た頃に探し当てた彼女は、幸いにもまだ独身であったが、親が作った借金で、貧しい生活を強いられていた。
滝田は直ぐにも結婚を申し込み、彼女を口説き落とすことに成功したが、その工作をするためにこのエアリアルルームを利用した。お互い遠方ではあるが、エアリアルルームを使えば一瞬で会うことができる。
カギを渡した時の、滝田の嬉しそうな顔。あれは幼き頃からの計画を完遂した、至福の表情だったのだ。
けれど、その経緯を知らない彼女の両親が、彼女が連れ去られたと勘違いをして、今回の騒動につながったらしい。聞いてみれば意外と単純な理由だった。
「何だよ、その絵に描いたドラマのような話はっ! こっちは、心臓が止まるかと思ったっつーのに!」
「でもまあ、彼女の親が背負ってる借金と同額の現金をどかんと置いて、その足で彼女を連れてっちまうんだからなあ。結果、金で彼女を買ったみたいな図式になっちまって、親がびっくりして騒ぐのも無理ないよな。そんでちょっと警察沙汰になっちまったってわけだ」
「それが文秋砲に……ってもっと別のやり方があっただろおぉぉ」
北川は顔を歪め頭を抱えて唸った。それにしてもだ。なぜ、あんなにも秘密にするよう、念を押されたのか?
その疑問に、大谷が答える。
「その後のネットニュース見てねえの? 速報も流れたんだがなあ。あの人、会社を後任のボンクラ副社長に譲って、さっさと会社、辞めちまったんだぞ。誘拐どうのより、そっちの方が重大ニュースだっつーの」
なんと日本を代表するカリスマCEOが会社をほっぽり出して、純愛に走ってしまったというわけだ。
株価の暴落や会社の信頼の失墜、個人所有の株の売却などその他諸々の事情を考えると。秘密にするのも仕方がないことだったのかと、北川は大きな溜息を吐いた。
「なんだよ、会社まで辞める必要あったのかよ」
「まあ、あの会社の代表なんかやってちゃ、恋人に構ってる余裕なんてねえだろうから。金より彼女との幸せを選んだってことなんじゃねえ?」
北川は、詳細を聞いて妙に納得してしまった。なんという想いの強さだ。好きな人を一途に想うその揺るぎなさは、誰一人として周りが気づかなかったというだけで、最初からあの瞳の中に宿っていたのだ。
「でも……じゃあなんで、あんなデザインの空間だったんだ?」
恋人が滝田と同じ歳ならもういい大人なはずだが、と北川は首をひねった。
「どんなデザインかは知らねえけど、その幼馴染ちゃんの子どもの頃の夢だったらしい」
幼い頃の二人。オトナの事情により遠くに引き離されてしまった幼馴染たち。肩をくっつけあって寄り添う、小さな男の子と女の子の姿が、想像できるようだった。
それを聞いて北川は大きなため息をついた。
(なるほどー自分の夢も叶えて、そして彼女の夢をも叶えたってわけか。イケメンすぎんだろ!)
北川は、複雑な気持ちを抱えたまま、その後の数日を過ごした。
最初のコメントを投稿しよう!