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 翌日、手術が成功したと聞いて、足早に病院へ行った。  経過を見るため数日入院することを聞き、彼女の病室へ入った。  そこで、佳奈が撮った一枚目の写真を見せてもらった。手術後に庭の隅で見つけた、黄色い花だと言っていた。  「綺麗だな」  「でしょ。頑張ったんだから」  「そうだな」  プリントしてある写真を新品のアルバムにしまって、俺はカメラのデータを見た。するとピンぼけしたものや逆光だったものが十枚程あった。  「慣れてないんだもの」   俺を見て少し恥ずかしそうに佳奈は言った。そして俺は笑って応えた。  「これは、退院してからも暫く続けてもらわないと、上手くならないな」  「見てなさいよ、徹より上手になってやるんだから」  「それは楽しみだな」  彼女と俺は笑いあった。そしていつものように下らない話を笑いながらしていた。  それから数日後、彼女は退院した。そして来月には検診に来るよう言われた。  退院後も、彼女は宿題をこなした。  検診に行くまでや、買い物に行く途中で見つけた花や昼寝中の野良猫、平らな雲や桃色に染まった空等、気づいたらアルバムは五冊目に突入した。  余命三年と言われてから二年後、病気が再発した。そしてその日から彼女は入院した。  今度は、余命半年と言われた。  俺は、前回と同じように見舞いに行っては、下らない話をした。そして彼女の撮った写真を見た。  それから半年後、彼女の病気は治らないと言われ、緩和ケア病棟に入ることになった。  そこへ行く道中、俺の車の助手席で、彼女は力無げに言った。  「ごめんね、徹。治らない上に、こんなに長い間入院する羽目になるなんて……無駄に生きててごめん」  「何言ってるん……」  「お金もかかるし、子どももいない。徹は、次のお嫁さん探さないといけないのに……」  「シュークリーム没収だ」  俺が低く言うと、彼女は黙って俺を見た。駐車して、俺は笑って彼女を見て言った。  「佳奈が生きていてくれて、嬉しくないわけがないだろう。今度そんなこと言ったら、おやつ没収くらいじゃ済まないぞ」  「分かった。ごめん」  「わかればよし。ほら、行くぞ」  病棟まで歩いていると、佳奈が笑った。  「どうした?」  「だって、徹に叱られたの初めてだったもの……」  「そんなこ……あっ、そうだな。いつも俺が叱られていたからな」  「そう……お陰で兄さんに『鬼佳奈』ってあだ名をつけられてしまったもの」  「フフッ、鬼だから仕方ない」  「誰が鬼よっ」  「ごめんなさい」  俺が小さくなると、彼女は笑った。俺はそんな彼女が好きだと、改めて思った。  翌日、見舞に行った俺は、佳奈に花束を差し出し、言った。  「おめでとう、佳奈」  「え? 今日、何の日だっけ?」  「何もない。しかし、医者からの余命より長く生きている。佳奈が生きている今日一日は、何よりめでたい日だ」  「そう……じゃあ明日は?」  「明日も」  「明後日は?」  「明後日も。この先何日でも何年でも、毎日が祝日だ。俺達だけの、な」  佳奈は嬉しそうに笑うと、俺にクローバーを差し出した。  「じゃあ、徹もおめでとうだね」  「そうだな……って、三葉じゃないか」  「それしかなかったの……大きくて綺麗だったから摘んじゃった」  「そっか。確かにいいな。ありがとう」  お祝いのプレゼント等は無しで、毎日おめでとう。と言い合うことが、この祝日のルールとなった。  佳奈は日に日に弱っていった。そして、あと数日後が山場だと言われた日、佳奈はベッドに寝たまま、笑って言った。  「私の最後の日も、おめでとうって言ってね」  「何で?」  「これまで頑張って生きてきたお祝い。お葬式とかで言うと、不謹慎だって怒られちゃうから、こっそり言って」  「分かった。ならば、俺の時もちゃんと言いに来てくれよ?」  「わかった。でも、あんまり早いと言わないからね」  「わかったよ」  「写真、代わりに看護師さんに撮ってもらったの……いいでしょ?」  佳奈の視線の先には、二羽の小鳥の写真があった。二羽は互いの顔を見ながら、雲の上に向かって飛んでいた。  「いいな」  「私達みたいだって思ったの。徹が、先導してる方で、私が右下の方。『こっち行こうっ』て徹が言ってて『あっちでしょ』て私が注意してるみたい」  「ここでも叱られているのか、俺は」  佳奈は笑いながら頷いた。俺は頭をかいて笑って応えた。  「俺にもそう見えるよ」  「あと何ページ埋まるかな」  「六冊目を埋め尽くしてもらわなければ困る」  俺がそう言うと、佳奈は笑って小さく言った。  「ありがとう、徹」  数日後、見舞に行くと、佳奈は眠っていた。俺がそっと彼女の手を握ると、心拍数等をはかる機械のサイレンが鳴った。  機械を彼女から取り外し、医者はそっと彼女の脈をはかり、瞳を開いてライトを当てた。それらが終わると、彼女からそっと離れ、低く言った。  「御臨終です」  「佳奈……佳奈ぁ」  俺は泣き崩れた。  少しして、俺は彼女との約束を思い出した。  静かに回りを見ると、医者は既に部屋を出ていた。  俺はそっと彼女に言った。  「おめでとう、佳奈」  
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