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スズメなどの鳥がチュンチュンと、朝陽が照らしだした庭園の中、朝食を求めさまよっている。
「おーっ!」「やぁーっ!」「とぉーつ!」
と掛け声が響きわたり、床に人体がドスンと叩きつけられた音がする度に、鳥たちは、一斉に木々の枝に避難してみせた。
門の構えには大きな「武」の文字が掲げられている。
十代後半から三十代の若者を中心に十数名の男が、朝早くから武道の稽古を行っていた。
カイトは少年の頃から、この道場にて武道を習っているのだが、真剣に取り組みだしたのは、ここ2年あまり。それ以前は、友がこの武道場の息子ということで、通っていたに過ぎなかった。
道場を、いずれは継ぐのであろう、幼馴染であるトロイに、今朝は稽古をつけてもらっている。
素手ではあるが、カイトが襲い掛かり、トロイがいなして、すぐに組み伏せる。もしくは投げ飛ばす。
トロイは友を投げ飛ばす時、常に力を加減していた。
「稽古、終わったら、ちょっと、時間、あるか?」
床に叩きつけたカイトに手を差し伸べて、起き上がらせながら、トロイが耳うちをした。
お互いに息が切れ切れになっている。
「ご飯、リン、待ってるから、ちょっと、だけ、なら」
「そんな、時間、とらせ、ない・・ちょっと頼みがある」
と、言いかけたところで、道場の創始者である、トロイの祖父が鬼の形相で駆け寄ってきた。
創始者であるトロイの祖父は70近い。無駄な肉のついていない筋肉質の細い身体、鍛え上げられた腕で、トロイの喉元をおもいきり、掴み上げた。
「あがぁぁぁぁ!!」 友は声にならない悲鳴をあげた。
「馬鹿ものが! 無駄口を叩きおって、代われ!」
トロイは投げ飛ばされると、そそくさと場を離れ、他の者との組手へと向かう。
この武道場の現当主はトロイの父であるが、今は、国に軍人として仕えており、国境沿いに赴任しているため、この屋敷にはいない。よって、創始者の祖父が、実質的に全てを仕切っている。
カイトは10歳より、この武道場に出入りしているため、すでに11年になる。トロイの父、祖父、の強さ、怖さ、優しさをよく知ってもいた。全く手を抜かないことも知っている。
「本気でかかってきなさい」
70近い老人が、獲物を狩る獣のような鋭い眼光でカイを見つめる。
その眼を見ただけで、カイは怯んだが、飛び込まぬわけにはいかなかった。
何度も襲い掛かり、その都度、思い切り床に投げ飛ばされていた。
腰回りだけ布で覆った若者たちが、大きな水瓶を囲む。
朝の稽古を終え、柄杓で水をすくい手拭いを浸したもので身体を拭っている。
カイトも全身から噴き出す汗を拭い、床に打ち付けられて赤く腫れあがった個所に手拭いを押し付けた。
「お~。大丈夫か? 散々、投げ飛ばされてたけど?」
裸で、大きな綿の布を肩にかけて、トロイが近づいてきた。
鍛え上げられた身体は、ひとまわりカイトより大きい。
「大丈夫なわけあるか。今日の仕事に支障がでまくる」
顔を歪ませて、赤く腫れあがった腰から背の部分を示した。トロイが笑顔でその個所をベシッと叩く。
「70近いのに、元気すぎてなぁ、お爺様は」
「打ち身に効く薬を用意してくれ。痣だらけになってしまった」
「お爺様、お前が最近さ、休むことなく稽古に通ってくるから嬉しいってさ。武道に興味がようやく出たか、強くしてやるって言ってたぞ」
「・・・強くはなりたい。でも、お手柔らかにお願いしたい」
道場の後を継ぐものとして、有無を言わさず鍛え上げられてきたトロイから
みても、ここ最近の幼馴染の武道への取り組み方は不思議であった。
「しかし、お前が強くなりたいって言うのは意外だ」
「うん・・。旅をするなら、危険が付きまとうから、自分の身は自分で守れるようにならねばいけないと言われてしまって」
「お前、旅にでるのか?」
「いずれだ、いずれ。今すぐではない」
「やっぱり、あれか。アクロポリスへ行ってみたいか?」
トロイはカイトが6歳の時に『文字屋』に養子として迎えられたことを知っていた。同年生まれの二人は、幼少期、すくなからず同じ時を過ごしたのだ。
「うん、そうだね。もう、ぼんやりとしか覚えていないが、行ってみたい。行かなければならないと思ってる」
「そうか、ならば、お前も兵士として仕えないか? 援軍として出向くこともあると思うが?」
トロイは父同様に国軍に仕えており、今は街の守備兵として、議会が開かれる神殿地域の警備・警護を行っていた。
「それは、いつだって話になるなぁ。それに兵士として、アクロポリスへ出向くことがあったとしたら、あの国にとっては、かんばしくない状況だろう? それを望むわけにはいかない」
「ん~。確かに・・・」
稽古が終わり、歓談の場所で、沈黙を作ってしまったことにカイトは苦笑した。
「そうだ、頼み事とは、何?」
「・・・ああ、それは」
周囲には、身体を拭う道場の同門たちがいることもあり、カイトを隅へと引っ張っていく。
「頼みたいのは、その・・代書をお願いしたい」
「? 代書って、読み書きできるだろう?」
「まぁ、それなりには」
「ん? 推薦文か何かか?」
この武道場から、誰か、軍への推薦書を出すこともある。公的な文書の提出などを行う時に、「文字屋」が利用されることもある。代書屋も兼ねているのだ。
「いや・・そんなものではなく、歌を送りたいのだ」
「歌?」
「うむ・・今、ちょっと貴族の令嬢といい感じでな。心の内を歌で返すということで、その、なんだ」
トロイは顔を赤らめて、目をキョロキョロとさせる。上流階級の方との恋話を自慢したいわけではなく、歌に関して純粋に相談をしたいらしい。
「俺は歌を書いたこともないし、どうやって書いたらいいかもわからぬし、一応、歌自体は自分で考えたものがあるわけだけれども、よいのかどうか、わからぬからな」
いつもドーンと構えて、落ち着き払っているトロイがはにかんでいるのが、カイトには新鮮に映る。
「それでさ、歌の終わりにはさ、昔、お前、俺の似顔絵を描いてくれたことがあるだろ? こ~んな感じの。<`~´> あれを歌の後にササっと描いてくれないか?」
「・・・いいの?」
カイトの趣味は絵を描くことであった。仕事においても、主に物語にではあるが、書籍に自身が描いた挿入画を入れていた。
そのような場合、人物の顔などは描かないことを決めている。後ろ姿などを描き、読み手の想像を壊さぬよう、あくまでも想像力を補完するための挿絵なのだと自分自身で戒めていた。
「トロイを描くのは久しぶりだ」
子供の頃、トロイの似顔絵をよく描いた。狐のように目を細く強調して描いた似顔絵は、皆に好評で、本人も気に入っていた。
「それにしても歌のやり取りを交わすのか。貴族は面白いな。それでは、作ったものを聞かせてくれ」
上流階級の恋愛において、そういった手続きを踏むことがあるのを、カイト自身、知識として知ってはいたものの、実際に身近では見たことも聞いたこともない。
「『愛してる あなたのことが 大好きだ 今日も明日も 大好き過ぎる』
こんな感じでいきたいのだがどうだろう?」
トロイが思い切って披露した歌に、カイトは驚きを隠さない。
「いや、それは歌ではないだろう」
「え?」
筋肉馬鹿であることは長年の付き合いで知ってはいたが、ここまでルールなどを無視して製作するとは思わなかった。
「季語はどうした? 5・7・5・7・7だけ守ればよいというものではない。同じ言葉の繰り返しも駄目、匂わすべきであって、直接的な表現を使うのも駄目、全て駄目」
「え?」
驚きの表情で、トロイはカイトを見た。
その純粋な、「何が悪いの?」という目にやられてカイトは自問自答する。
「・・・いや、ごめん、ちょっと待ってくれ」
歌の決まり事がある中で、それにとらわれてはいけないという歌論の書が思い浮かんだ。そもそも、恋愛を経験したことがない自分が、恋の歌を評価できるはずがない、いや、行ってはいけないのではないかと、頭の中でぐるぐる「歌」に関する知識とそれに対する批判、一般的な恋の歌など、様々な知識がうごめいた。
「ごめん、今の言葉、取り消す。この歌でいい。あの・・・確認したいのだが、お相手の方とは、すでに面識はあるよね?」
「もちろん、あるある。もう、すでに、いろいろとある。ただ、毎日会うわけには行かぬので、こういったことをするのではないか。なぁ、この歌、駄目なら駄目で、素晴らしいのを考えてほしいのだが」
トロイには駄目から可といきなり変更された、カイトの心の変化がわからない。
「いや、このままでいこう。歌の良し悪しは置いといて、トロイの気持ちや人柄がよく出ていて、良いと思う」
「本当か?」
「うん、お互いにすきあっているのだろう? だったら、やはりこれがいい、これ以外にない」
カイトは上質の紙に先程の歌を記し、その後に似顔絵を描くことを承諾した。
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