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「おじゃまいたしまーす」
声変わりしかけた少年の声が響きわたって、『文字屋』の引き戸が開けられた。
「いらっしゃいませ」カイトが会釈をしながら少年を見て微笑む。リンと同い年、材木商の下男である少年は左手に荷物を抱えている。戸を開けたところで直立し、女主人が敷居をまたぐのを見守った。
「ごめんくださいね」
絹の羽織を身に付けた40代ぐらい、恰幅の良い夫人は『文字屋』の常客であった。
「ご来店頂きありがとうございます、タキア様」
「はいはい、こちらの近くに用件がありましたのでね、寄らせて頂きましたよ。娘から頼まれた書があるとよいのですがね、どうかしら」
材木商を営む夫人の一家は貴族ではないものの、『コリントス』国家の政局に影響を及ぼすほどの富を持つ。
「お探しの書、ないものは、お時間を頂ければ手に入れてまいります。何卒ご用命ください。それでは、こちらへ」
壁面に、物語や史書、思想書など分野別に分けられた書籍が連なる客間へ、夫人を案内する。
「お探しの書はどのようなものですか?」
「最近はね、冒険活劇 のような楽しい物語が読みたいらしいの」
夫人は材木商を営む大きな商家の一族であった。末娘が病弱であり、外出もままならないため、夫人はたくさんの物語を読み聞かせていた。娘も幼少の頃から物語の世界へ引き込まれ、自分自身で書を読むことは十分可能であったが、ここ半年は病状が悪化し、長時間、文字を追うことは身体に負担をかけてしまい難しい。
長机の上に、壁面の棚からカイトが書籍を数冊取り出し、並べ始める。
「いらっしゃいませ!」
お茶を用意して現れたリンが夫人の前に進む。
夫人に挨拶しながらも、リンの視線は夫人の後ろに控える下男のミケネへと向かっている。
夫人にお茶を差し出したあと、下男のミケネに向き合って差し出す。
「はい、どうぞ」
「あ・・どうも」
ミケネは上目遣いでリンに小さく会釈し、湯飲みを受け取る。
「美味しいわ、ありがとうね、リンちゃん」
差し出された湯呑みに口をつけた夫人は、後ろに控える下男のミケネを指で呼び寄せた。
「リンちゃん、書を選び終えるまでの間、これに読み書きを教えてあげてくれる?」
下男のミケネは塾で読み書きを学んでいる一人だった。
「ここ最近、忙しくてね。これにお休みをあげられなかったから、お顔を合わせるのも久々でしょう?」
リンの心がちょっとはずんだ。
「そうですね、久しぶり。すごく熱心に学んでたのに、来られないから心配しちゃいました」
夫人は微笑んでミケネを見る。
「大丈夫? あなた、ちゃんと覚えてる?」
「もちろんです。ありがとうございます」
「じゃあ、リンちゃん、よろしくね」
「はいっ! ごゆっくりどうぞ」
リンはミケネを別室へと急き立てた。
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