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「ミケネー、久しぶり~。2か月ぶり? 元気だった?」
「元気、元気。そんなに経つかぁ。カイト先生はうちに何度か来てくれたから、その度に挨拶してたけどさ。リンも一緒に来たらよいのに」
「行きたいけどね~、わたしも何かと忙しいの、今の時期」
「そっかぁ」
ミケネは懐から、教科書を取り出した。リンが書き写して作った教科書である。
「大丈夫? 習ったこと覚えてる?」
「もちろん、ちゃんと復習してる」
リンは細かな白い砂が入った、30センチ四方、深さ4センチの木箱をミケネの前に用意した。
この砂の上に何度も文字を書いて、覚えるのである。
「どこまでやったけー?」
リンはミケネが開いた教科書を手に取る。
傷みが大きく、使い古されていた。
リンが書いた、お手本の文字の上に何度となく、指を重ねたあとが見える。読み書きを学ぶ努力を行っているのが明らかだった。
「・・・随分、汚れちゃったね」
「ご、ごめん、もっと丁寧に使わなきゃ駄目だな、ごめん」
「違う違う。感心したの」
「は?」
リンは胸が高鳴るほど嬉しかった。自分が作った教科書の文字を、ミケネの指が何度となく追って、それを記憶するまで重ねたこと。今まで、面白みにかけると思っていた教科書の制作が、明日からは進んで出来そうな気がするほどに。
「ミケネー、すごい頑張ってて嬉しいよ」
*
「新しい教科書、用意してあげる。あ、兄様には内緒で」
「本当に? ありがとう!」
先日、書き上げたばかりの教科書と、その上の内容を含んだ別の教科書の2冊をミケネに手渡した。
「やった! 俺、もっと何でも読めるようになりたいんだ」
「ミケネー、すごい勉強熱心。こんなに頑張ってるなんて、びっくりだよ」
「そう? やればできるコだから、俺」
早速、新しい教科書を丁寧にめくっていく。知らない文字に対して、わくわくしている気持ちが伝わってくる。
「何がそんなにやる気にさせるの?」
教科書のおかげ、みたいな回答を期待していたリンの心持とは裏腹に、ミケネは真剣な顔をしてつぶやく。
「うーん・・・お嬢様が喜んでくれるからね」
「お嬢様?」
「うん、うちの末のお嬢様さ、ここのところ、ひどく具合悪くてさ、御自身で読むのは随分、疲れるらしいんだ」
ミケネは砂の練習帳に『源氏物語』と書いて、サッと消した。
「ああ、確かすごく長いの読まれてた気がする」
風土記、古事記、霊異記・・と読まれていたであろう書籍の名をミケネは砂に書いては消していく。
「うん、だから、お嬢様、冒険物語をお願いしたんだと思う」
「ああ・・」
「今の俺が、読めるレベルの書籍をさ、頼んだんじゃないかな」
「ふーん」
「だから、俺は頑張って何でも読んであげられるようになりたいんだ、リン、よろしく頼む!」
「・・・うん」
顔をひきつらせながら、うなづいてみせた。
『文字屋』の店頭前にカイトとリン、ネメの3人が並び深々とお辞儀をした。夫人のお帰りである。
帰り際、ミケネはリンに向かって小さく手を振って見せた。
リンもまた笑顔で手を振る。
お見送りが済んで、店内に戻るや否や、カイトが喜びの声をあげた。
「やった! いろいろ6点も購入して頂けた! 注文も入れてもらったし、よかったー!」
カイトの喜ぶ姿とは逆に、リンは遠い目をしている。
「ん? どうした、リン?」
「・・・いろいろあるの。兄様、今日は放っておいてくれませんか」
リンは肩を落として奥の仕事部屋へと向かった。
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