罪を売買する商人は人を殺す

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万引き、強盗、暴力。傷害、そして殺人、人が法で定めた罪は数多存在する。  ある世界には罪を売買しているそんな店が存在していた。  スラム街の露店、黒髪の怪しい身なりの店主が少年に尋ねた。 「お前は何の罪が欲しい?」 「……いえ、なにもないです」  店主と少年の間に沈黙が流れる。   「えーと、キミ……人間?あれ?生きてるよね?」 「はい」  店主は天を見上げた。絶句している店主に少年は尋ねた。 「あの、ここってどこなんでしょう?」  店主が我に返り少年の疑問に答えた。 「あー……ここはキミたちの世界で言うところの天国と地獄の境目だよ。キミは死なずにこの世界に来ちゃったんだね。まぁキミみたいな人間は稀にいるよ」  少年は店主の言ってる意味がいまいち理解出来なかった。  しかしここが自分のいた世界ではないことはなんとなく理解出来ていた。 「あの……どうやったら元の世界に戻れますか?」  店主は腕を組んで少年に真剣な顔で答えた。 「ないね。元の世界には戻れない。仮に戻れる方法があってもキミじゃすぐ死んじゃうよ」  露店のある通りを人外の化け物や怪物が行き交っている。  3メートル以上はありそうな巨体ばかりである。  襲われれば少年はすぐに死んでしまうだろう。 「じゃ、じゃあどうしたら?」 「うーん、ボクの店はそこそこ繁盛してるんだけどね。今店員が居ないんだよ。キミがここで働いてくれるならボクのほうで身元の保証はしてあげるよ」  少年は店主の言葉を素直に信じた。頼れる者が他に居ない少年にとって信じざるを得ないわけだが。 「ここで働かせてください!」 「OK交渉成立だね!キミの名前は?」 少年は店主から差し出された手を握り返す。 「碧です」 「ボクはSiN。気軽に店長って呼んでくれればいいから」  こうして少年・碧の店員としての生活が幕を明けたのだった。 ───────  罪を売買しているSiNの店に名前はない。罪を売買することはこの世界でもやはり違法らしい。  特定の店舗を持たずに露店で売買を行っているのは足がつくことを避けるためでもある。  露店を出す場所はその日その日で違うにも関わらず一定数の客が必ず訪れる。 「ああ、その右から3番目の罪を売ってくれ」  碧は商品である罪を手に取り料金を受け取る。客は何も言わずに罪を懐へ仕舞い去って行く。  罪を買って何に使うのか碧にはわからなかった。  知る必要もないと思っていた。  買いたい客に黙って売れば良いのである。 「罪を売りに来たのだが……」  この時にだけ店長であるSiNを呼び出さなければならない。  SiNはどこかで遊んでいるらしい。  碧はSiNと連絡を取るために渡された携帯電話を取り出す。懐かしきガラケーである。何故こんな物があるのかは謎である。 「店長、ええ。罪を売りに来た客が……はい、お願いします」  少々お待ち下さいと客へ伝える。  碧は客を見た。自分と同じ人間だ。  違いは頭の上に浮かぶ光の輪である。碧にはない。  碧とは違い、目の前の客は死んでこの世界に来たのである。  碧がそんなことを考えているとSiNが現れた。 「碧くんお待たせ〜。あっこちらがお客さんかな?さぁさぁこちらへどうぞ」  SiNは客に右手を触れると、客の罪が吸い取られていく。罪はタトゥーへと形を変える。  左手に持っていた紙にタトゥーが転写される。  こうして商品である罪が出来上がるのだ。 「この形は三級殺人罪かな。碧くん、お金渡してあげて」  客は金を受け取ると去って行く。死んでいるのに金を何に使うというのか、碧にはわからなかった。   「あの客死んでますよね?金があれば生き返れるんですか?」  SiNは少し困った顔をして答えた。 「まぁキミのいた世界もそうだったろう?この世界も金次第だからね」  その言葉に碧は元の世界での記憶を思い出していた。  この世界へ来る直前、碧は詐欺グループの一員だった。  碧はその金を持ち逃げし、逃げた先で追っ手に捕まり死にかけたところで記憶が途切れている。 「碧くん、なんか思い出しちゃった?んーそろそろ店仕舞いにしてこれからメシでも行こうか」  店の営業時間はかなり雑だ。SiNの気分一つである。  碧は店を畳むとSiNのあとをついて行った。  二人が入ったのは大衆酒場である。人外の者たちが料理や酒を給仕している。  碧とSiNのテーブルへお通しと酒がやって来た。乾杯するとSiNは碧に尋ねた。 「店員の仕事は慣れた?」  罪を単に売るだけである。買い取りの時にだけSiNを呼び出せば良いし、特別覚える仕事はなかった。 「ええ、楽な仕事で助かってます」  これがもっと複雑な業務内容であれば、諦め癖とサボり癖の両取りの碧は辞めていただろう。  高校を中退したのち地元の不良仲間と悪さをする日々を送っていた。  まともに働いたことなど……いや3ヶ月だけ働いていた。 「うんうん、碧くんはやれば出来る子だし、きっとこの仕事は長く続けられると思うよ」  SiNは満面の笑みでグラスの酒を飲み干した。  碧は3ヶ月間、自分を働かせてくれていたあの人の姿をSiNに重ねていた。  思えばあの人にあったのもこうして酒を飲んでいた時だった。 ――――――――――――  碧はその日、地元の悪友と居酒屋にいた。もちろん未成年の頃だが注意されることもなかった。  悪友と言えば聞こえは良いが少年院帰りや鑑別所経験者たちである。  碧はそんな者たちの使いパシリだった。 「兄ちゃんたちに酒はまだはえぇだろ」  碧たちの席に注意しにやって来たのが『あの人』である。  四十代くらいの短髪で夏だというのに長袖を着ていた。  碧たちは長袖を着ている理由は彫り物があるからだろうと直感した。つまりその道の人である。 「碧、てめぇが払っておけ」  リーダーらしき男が席を立つとそれに続くように碧以外が店から出て行った。 「んだよ。仲間を置いて逃げるたぁ根性ねぇな。……兄ちゃんもてぇへんだなぁ」  碧は何も答えることが出来なかった。会計へ行こうとした碧を『あの人』は引き止めた。 「オッサン1人で飲んでてもつまんなくてな。付き合えよ」  襟首を下げ、碧に鮮やかな彫り物を見せた。このまま立ち去ればどうなるかわかってるなという脅しである。  碧は肩に腕を回されそのままカウンター席へと連行されたのだった。 「俺ぁ黒野ってんだ。兄ちゃんは?」 「……碧です」 「辛気臭ぇなぁ、碧は何歳だ?」 「16……」 「ガキじゃねーか!学校は?」 「辞めました」 「働いてんのか?」 「……いえ、今は」 「無職かよ。あ、店員さんビールくれ、ふたつ」  ビールが来ると一つを碧に勧めた。 「いや自分、未成年なんですけど……」 「俺の酒が飲めねぇのかよ」  黒野は腕をまくり彫り物を見せた。碧は唾を飲み込みビールを受け取った。 「乾杯だ、仲間に捨てられた可哀想なお前に奢ってやるから好きなだけ食え」  黒野のデリカシーの無さに碧は呆れる。あれほどあっさり仲間から切り捨てられたことに碧はショックを受けていたからである。 「あー!もう!」  碧は今の気分を忘れるためにジョッキを一気に煽った。 「いい飲みっぷりだ!」  感心する黒野に空になったジョッキを碧はカウンターへ勢いよく置いた。 「褒めるな!未成年だぞ!」  今日一番の覇気を見せた碧は一瞬だけ黒野をビビらせた。  そこからどれだけ飲んだか碧は記憶がなかった。  碧は頭痛と共に目を覚ました。見慣れない天井に理解が遅れたが、自分の部屋ではないことにすぐ気付いた。 「ここは……うっ、頭いってぇ」 「おう、起きたか。ここは俺んちだ。お前が飲みすぎてぶっ倒れてたいへんだったんだぞ」  碧は黒野にじゃんじゃん飲めと言われたことだけ覚えていた。グラスが空になる度、黒野が追加注文したのだ。  黒野は長袖ではなく上半身をさらけ出している。鮮やかに描かれた彫り物が露わになっていた。 「やっぱりそっち系の人なんですね」 「おう、まぁよ」  二人の間に沈黙が流れるが碧は不思議と黒野のことが怖くなかった。昨晩一緒に居たからなのかはわからない。  椅子で静かにタバコを吸う目の前の男のことをもう少しだけ知りたい、そう思った。   ――――――――――――  つるんでいた仲間から切り捨てられた碧は行く宛てもなかった。今までは仲間たちについて行っていただけだからだ。  また母親は碧が産まれた直後に父親と離婚しており、母親との二人暮らしだった。母親は懸命に碧を育てたが、中学生になり反抗期の訪れた碧の態度に心が折れ距離を置くようになった。  碧が高校を中退して不良とつるむようになってからは会話さえなくなっていった。  そんなわけで母親との折り合いも悪かった碧はまれにアパートに帰ることがある程度だった。  黒野はそんな碧のことを察してか出ていけとか帰れとかそういう言葉は決してかけなかった。  その代わりやる事がないなら自分の仕事を手伝えと言った。 「働かざる者食うべからずだぜ」  その日から黒野の仕事を手伝うようになった。碧は薬だとか死体処理だとかのヤバい仕事だとばかり思っていたが、現場の土方作業であり真っ当なものだった。  言葉遣いはともかく黒野は碧に丁寧に仕事を教えた。  身体の線も細く肉体労働が苦手だった碧だったが、黒野のフォローもありなんとか働けていた。  汗水垂らして労働したあとに黒野と飲む酒は格別に美味かった。  労働はキツかったが不良仲間とつるんでいた時とは比べ物にならない充実した日々を送っていた。  しかし仕事で大ミスをやらかした時は碧は焦った。自分でなんとかしようとしたが隠すことも出来ず黒野に見つかった。  初めて頭に強烈なゲンコツを落とされた。 「俺ぁおまえの親方してんだ!お前がミスったら俺が責任を取ってやる!だからちゃんと報告しろ、ホウレンソウって知ってんだろ」  痛みが残るほど強烈な一撃だったが、碧は黒野が決して自分を見捨てない男なんだと思い知った。 「こういうミスも込みでおめぇの給料をピンハネしてんだから気にすんな」  碧はこの気遣いが嬉しかった。そう言ってタバコを咥えて火をつける黒野にいつしか見たことの無い父親の姿を重ねていた。 「親父、悪い」  親方ではなく親父と呼んだことに碧は赤面した。 「親父か……悪かねーな」  黒野もまた恥ずかしそうに笑った。 ――――――――――――――――  碧が黒野のもとで働き出して3ヶ月ほど経った頃、不良仲間から連絡が来た。  碧は嫌がりながらも呼び出しに応じた。断れば何をされるかわからないし、黒野に迷惑はかけたくはなかった。  とりあえず会って今は黒野との仕事が忙しいと告げて来るつもりだった。 「先輩がいい仕事を紹介してくれてさ。お前も一緒にやろうぜ」  不良仲間の言う仕事とは振り込め詐欺だった。碧はやりたくはなかったがここで断ればリンチされることは想像できた。  やむなく碧は不良仲間からの提案に従うのだった。  振り込め詐欺は思いのほか上手くいった。世間ではこれほど話題になり注意喚起されているにも関わらず未だに引っかかるのだから騙す方はやめられない気持ちがわかった。 「これがお前の取り分だ」  金を受け取りに行く受け子としての仕事を任された碧は封筒の分厚さに驚いた。  確認すると三十万も入っていた。黒野のところでこの金額を稼ごうとしたら二ヶ月以上かかる。それが僅か1回で稼げるのである。  その日から碧は振り込め詐欺にのめり込むことになる。  黒野からの着信はすべて無視するようになっていた。  あれほどキツい労働をせずともこれほど稼げるのだから。    最初こそ金払いが良かったが、碧に渡される金が少なくなって行った。  金遣いが荒くなっていた碧はそれがとても不服だった。  碧はついに振り込め詐欺グループの金に手を出し持ち逃げしたのだった。  1000万もの大金を持って逃げた碧だったが、三日後あっさり捕まった。  一日中、拷問された。  死ぬんだと碧が思った時に浮かんだのは母親のことではなく、黒野の顔だった。  黒野を頼っていれば、黒野のもとで働いていれば、後悔ばかりが碧の胸中で渦巻いていた。  港へ連れて来られた碧にグループの幹部らしき男が告げる。 「今から生きたまま海に沈めるからな。反省しながら死ねよ」  重りを巻き付けられた碧は夜の港から海へとつき落とされた。  親父――ごめん。  記憶はそこまでである。  碧は気付くとSiNのいる露店の前にいたのだ。 ―――――――――――― 「碧くん?」  SiNの呼び掛けに碧は我に返った。 「すみません、元の世界にいた頃のことを少し思い出してて」  SiNは何も聞かずに頷いた。 「そっか。まぁキミみたいに生きたままこの世界に来られるのは稀なことだからね。もしかしたら神様がもう一度だけ生きるチャンスをくれたのかもしれない。元の世界では間違ったことをしたのかもしれないけどね、この世界でやり直せってことじゃないかと思うよ」  碧はSiNの言葉に目を見開いた。この世界に来た意味がわかったような気がした。  碧はもう一度この見知らぬ世界で頑張ろうと思った。  黒野に胸を張れるように。 ――――――――――――――――  碧はたまに休日をもらう以外、サボることもなく真面目に働いていた。  黒野から言われた報告・連絡・相談を忘れることなく、何かあればすぐにSiNへ取り次いだ。  罪を売買するという非常に単純な作業の中にも罪の種類を覚えること、今では転写されたタトゥーの形を見るだけで罪の重さや軽さまでわかるようになっていた。  碧に解決が難しいというより、不可能だったのは難癖をかけてくる客の扱いだった。  そんな客はごくごく一部だったが下手をすれば碧は死ぬのでSiNをすぐに呼び出すよう言われていた。 「危険だと思ったらすぐにボクを呼んでね。碧くんの言ってたホウレンソウ。とってもいいね!」  そう言うとSiNの身体に彫られたタトゥーが鋭利な刃物のように悪質な客の身体を貫き切り裂く。どうやらSiNの能力は罪を取り込むだけではなく随分と万能らしい。  そして碧はSiNに認められたことが嬉しかった。他人から誉められたり、認められることがほとんどなかった碧にとってとても大きなことだった。  SiNの育成力のおかげか、内向的だった性格の碧も仕事を通じて変わって行った。 ――――――――――――――― 「今回はその罪を買うかな」 「この罪は昨日買い取ったばかりですしけっこうオススメですよ」  次第に客とのコミュニケーションも取れるようになっていた。 「じゃあオススメをもらうとするか」  仕事に慣れ常連客とも会話するようになった碧は聞いてしまった。 「買った罪って何に使うんですか?」  客は少し驚きながら、そう言えば人間だったっけかと小さく呟いた。 「罪はオレみたいな悪魔の栄養源になるのさ。まぁ食事だな。今は天使と悪魔が戦争してるからこういう莫大なエネルギーの得られる罪が必要なのさ」  碧は今いる世界で何が起きているのかさっぱり知らなかった。  テレビがあるわけではなかったので情報も何も手に入らなかった。 「罪を食えば悪魔は強くなるからな。こうして罪を取り出せるのはここの店長くらいだからこっそり罪を買いに来る悪魔は絶えないのさ、例え違法でもな」  この世界で罪の売買が成り立っている理由の一つが理解出来た。ならば……。 「じゃあ人間が罪を売りに来て何のメリットが?」  客は腕を組んで悩ましい顔をする。 「人間にしか罪が宿らないってことと、罪を売れば人間は天国へ行けるからだな」  人間にとってメリットしかない話しである。売った方が良いに決まっている。しかし罪を売りに来る人間はそこまで多くはないのだ。 「まぁこの露店へ辿り着ける人間は少ないからな。それに罪を売って天国へ行った人間は天使に身体を乗っ取られるのさ」  どうやら碧がイメージしていた天国とは異なるらしい。 「罪を売った人間は天使にとって最高の身体らしくてな。厄介だぜ、罪を買って悪魔は強くなるが、その罪を売った人間を天使が使うから永遠に戦争が終わらねぇんだ」  初めて知るこの世界のルール。  碧はこの商売が成り立っている理由を理解したのだった。 「じゃあ罪を犯していないふつうの人は?」 「そりゃ天国へも地獄へも行かずに魂の輪廻に戻るだけだ。どんな人間も少なからず罪を犯してるのさ。だから罪がゼロの人間なんて存在しない、そんな人間は罪を売った人間ってすぐわかる。天国で天使どもにこき使われるのさ。まぁ重い罪を背負った奴は地獄で言わずもがな、よ。」  碧はこの世界の仕組みを理解した。罪を売りに来るような人間はろくでもない人間だと言うことだ。  そして罪を売って天国へ行っても地獄行きとさほど変わることはない。 「なら売って得たお金は?」 「そりゃ天国の門番やらを買収するのに使うのさ」  碧はすべてが腑に落ちた。悪魔は話し終わると罪を受け取り去っていった。  真相を知ったのは衝撃だったが碧のやることは変わらない。  罪を売買することだけである。  この世界に骨を埋める覚悟は変わらなかった。  今度こそ真っ当に生きるのだ、それが碧の今存在している意味である。 ――――――――――――  碧が仕事を続けてどれほど経ったのか、SiNに罪を買い取ってもらう仕事と客のトラブル以外すべて一人でこなせるようになっていた。  ある日、碧は罪を売りに来た人間に驚愕した。目の前に立っている男が黒野だったからである。  碧は思わずフードを深く被った。黒野に合わせる顔がなかったからである。 「罪を売りに来たんだが……」  碧は焦った。このまま黒野の罪を買い取ってしまえば黒野は天使に身体を奪われてしまうからである。  黒野にそんな目にあって欲しくない碧は買い取りを引き伸ばすことにした。  精一杯、声色を変えた。 「明日なら買い取れます」 「……そうかい、また明日くらぁ」  碧はひとまず罪の買い取りを引き伸ばせたことに安堵した。  困った時はどうすればいいか、碧は分かっていた。  黒野から教わったホウレンソウである。  SiNだ。SiNならこの状況をなんとかしてくれるんじゃないか、そう思ったのである。   「店長……ええ、すみません。私情なんですが……ええ、お願いします」  携帯で連絡を取ったその直後、SiNは現れた。碧は事情を簡単に話した。 「なるほどね。その大恩ある黒野さんを救いたいってわけだね。なるほどなるほど。キミにこの世界で生きることがここに存在している意味だって言ったのは僕だしね」  SiNに相談して良かった。碧は心の底からそう思った。この店で、SiNのもとで働いていたのはこの時の為だったとさえ思えた。 「でもここまで罪を売りに来たってことはきっと殺人くらいの罪を犯してる人だよ?黒野さん」  あの黒野が人を殺しているという可能性を突きつけられ碧はショックを受けた。黒野とはたった三ヶ月一緒にいただけだ。良い面しか知らなかった。  それでも碧は黒野を救いたかった。 「店長……どうか、黒野さんを助ける方法を……オレ、なんでもしますから!」  SiNは碧の覚悟をたしかに感じ取っていた。初めて会った時は死んだような目をしていた。  しかし今、SiNの目の前にいるのは一人の漢だった。 「じゃあ黒野さんを助けてあげないとね」  SiNはそう言って碧の肩に手を置いた。  碧の首からおびただしい量の血が吹き出た。 「……えっ?」  碧は何が起きたのかわからなかった。自分の首から大量の血が出ている。声も出せなかった。 「碧くん、僕はキミに罪を売りに来た人間を助けるなんてことは教えていないよ。例えキミの恩人でもね。罪を売った人間がどうなるか、それを知ってしまったのがキミの罪だよ」  SiNの言葉は碧に届かなかった。  碧はもう絶命していたからだ。 「せっかくいい店員が見つかったのに残念だったなぁ。またあっちの世界から生きてても仕方のないクズを呼んでもらうしかないなぁ」  SiNはそう呟くと靴に付着した血を汚らしそうに払った。そして血の池になったその場所をあとにした。 『罪を売買するべからず』  露店がなくなった壁面にそんな張り紙が虚しく貼り付けられていた。  
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