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夏休みになったばっかりの7月の終わり、ちょうど海開きが近くの浜で行われている頃だった。
夏休みで日本全国の学生が熱気に包まれ、浮かれている。
バイトして買った新しい洋服を着て家を出た。
今日はサークルのメンバーで出かける予定が入っている。
俺は湘南の海に行きたかったのに、新しく入ってきた一年生メンバーが行かないと言うので、結局台場にできたお化け屋敷に行くことになってしまった。
正直に事実を述べると、この一年生が苦手だ。というか寧ろ疎ましくもさえある。
口に出しはしないけれど、サークル辞めてくんないかなと酷いことを思うこともある。
今年映画研究会に入ってきた一年生は五人いる。大人しそうな男三人組と、お洒落で可愛い恭子、そして地味な虹子という何とも言えないメンバーだった。
勿論、海に行かないというのは虹子だ。
彼女は殆どモノトーンの服装をしていて、眼鏡をかけている。
外見からして地味な女だ。
うちのサークルは映画の語らいや制作も勿論やっている、けれど尚且つその後の遊びもしっかりやる。
他の一年生四人は遊びにもしっかり付き合ってくれる。
けれど、虹子は映画の制作や語らいには熱心に参加するけれど、飲み会も余り来ない。たまに遊びについてきてもあれはちょっと‥これはちょっと‥
優しい周りのメンバーは「虹子ちゃんにも参加してほしいから」と虹子が参加しやすい企画を設定する。
その度に派手好きな俺は嫌な思いをしている。
何であいつにそこまで気を遣わないといけないのだろう。
お化け屋敷なんて行った所で、馬鹿みたいに高い入場料金でただ暗いだけ、中で女がキャーキャー騒いで一つも怖くない。
つまんねぇーの。
サークルメンバー所有の車、四台に別れて乗車し、台場海浜公園で車を降りると、夏休みらしく親子連れでごった返している。
お化け屋敷に盛り上がるメンバーを他所に、俺の盛り上がりは最低だった。
灼熱の太陽の日差しとお台場の潮の香りが夏休みを盛り上げてくれているのに、何であんな陰気臭い場所にいかなければならないのか。
ふお顔を上げると仮設の巨大で不気味な建物がそびえ立ち、海への景観を邪魔している。このお化け屋敷が無かったら夏の海が見渡せたはずだ。
「せっかくだから、男女ペアで行こうよ」
俺の友人である三年の裕治が言い出した。こいつは何故だか虹子が好きで、虹子を狙っているのだ。
ノリのいい他のメンバーもそれに賛同する。
正直、面倒だった。
サークル内で恋愛する気はないし、可愛い子なんて一年の恭子ぐらいしかいない。
でもノリを壊すわけにはいかないから、俺も明るく賛同した。
虹子の鞄の中に入っていたキャンパスノートを破った即席のくじを引く。
そしてそのくじをみて更にテンションが下がった。
どうせなら、一番可愛い恭子と行きたかったのに、よりにもよって虹子と行くことになってしまった。
俺の気持ちの盛り下がりを感じ取ったように、虹子も何も言わなかった。
しかし、俺は先輩だ。この場を盛り上げる義務がある。
「怖かったら、俺にしがみつけよ」
そんな俺の冗談にも虹子は「はぁ‥」とリアクションに困る返事をしただけ。
つまんねぇーの。
俺達の前に入って行った恭子の悲鳴と二年生の男の楽しそうな声が漏れている。
神は俺に味方してくれない。
俺達の番が来て中へ入っていくと、予想外に暗い。この世の灯りという灯りが全てなくなったようだ。
虹子どころか何にも見えない。
この世にひとりぼっちになったような気分。
エアコンが効きすぎて寒い、鳥肌が立ってきた。
せめてお化けでも音楽でも流れてくれ。
何にも無いということが、これほどの恐怖を巻き起こすなんて知らなかった。
今ここの空間にいることがたまらなく恐ろしい。
「おい、虹子、大丈夫か?」
虹子を心配するふりして、虹子を探した。
「はい、大丈夫ですよ」
虹子は相変わらず飄々と答えた。
声からして俺の隣にいるようだ、少し安心したその時だった。
いきなり「ぎゃあー」という絶叫と共に何かが俺の眼の前に立ちはだかる。
「わぁー!」
という雄叫びをあげ、俺は腰を抜かした。
「先輩、大丈夫ですか?」
虹子の声がする、けれども俺は答えられない。
得体のしれない恐怖に怯えていた。
虹子の手が俺の肩に触れた、そしてそのまま俺の右手を手繰っていき、俺の手を握り起こしてくれた。
「起こしますよ」
そう言い、俺をなんとか立たせた。
「行きますよ」
そう一言呟くと俺の右手を握りしめたまま、どんどん進む。
途中、いくつかの仕掛けがあったが虹子と一緒なら大丈夫なような気がした。
虹子の左手があたたかく、力強い。
平然とずんずん先に進む虹子がかっこいい。
不思議と俺の心臓の鼓動が速くなっていた。
ようやく灯りが見えできた、出口がある。
出口を出ると、眩しい夏の日差しが目を攻撃する。
目が外の明るさに慣れた頃、サークル仲間と楽しそうに喋る虹子をぼーっと見ていた。
虹子とつないでいた右手が何だか寂しい。
大きなため息をつくと、額の汗を拭った。
強烈な日差しが虹子を輝かせている。
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