喜びに溢れた彼に出会う

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喜びに溢れた彼に出会う

 彼女が言う、地下という言葉に私は抵抗感を覚えた。 暗闇に眩しいライトがチカチカと点滅し、自分の居場所を見失う気がしたからだった。  高校に入学した私は、私には似合わないほど素敵な親友と出会う事になる。 彼女は私と全然違った。 最初から分かっていたら、きっと私は彼女との違いに怯え、距離をとっていただろう。 彼女は私には未知の眩しいような青春を知っていて、恋も知っていた。 明らかに私と仲良くなるタイプじゃないのに、彼女は私の親友になる。  始めは人見知りで、大人しい印象だった。 少し話したら好きなバンドが一緒ですぐに意気投合し、時間が経つと、彼女は本領を発揮する。 積極的で明るい魅力で私をリードし、私の笑顔を増やす彼女。 彼女は私の憧れになったし、その想いが変わる事はなかった。 「地下ライブハウス行かない?」 「地下?」 大きな会場のコンサートには小さい頃、母と行った事があったけれどライブハウスは行った事がなかった。 「日曜日、どう?」 少し暑さを感じるようになった5月。 この頃から彼女は私とは明らかに違うと理解していた。 理由としてはまず、彼氏がいる事。 それも、先輩。 そして彼氏は2人目。 高校1年での2人は、私からしたらもう天の上という感じで、なんだかドキドキした。  ライブハウスに行くなんて、それも大人びている気がしたけれど、彼女と遊びたかったし、新しい事に挑戦してみようと思わせてくれた。 何より私の好きなバンドも昔に、その地下のライブハウスに出た事があるらしい。 「行ってみる。緊張するけど」 「私もこの間初めて行ったけど、全然大丈夫だよ。楽しいよ!早く日曜日にならないかなー」  私服の彼女はやはり私と違った。 お洒落だし、メイクも程よくしていて、とても綺麗だった。 その後、私は自分も大人っぽくなりたいと、彼女にファッションやメイクを教えてもらうことになる。  私は彼女の事以外、同性を心から褒めた事がない。 敢えてそうしているのではなく、そうなってしまうのだ。 今でも彼女は私にとっての親友で、唯一心を許した人なのかもしれない。 私にとっての憧れは彼女1人。  緊張しながらも、彼女と一緒だったから私は安心して地下への階段を下って行った。 少しずつ音楽が聞こえてくる。 人は思った程いなくて、私の想像とは違った。 「思ったより人も少ないし、もっとパーティーっぽく叫んでる人がいるのかと思った」 「ドラマの見過ぎじゃないの?普通のライブだもん。こんなもんだよ?」 「そうなんだ」 確かにドラマの見過ぎだったかもしれない。 イメージとは違うライブハウスの雰囲気にホッとしつつ、私は少し高揚していた。  後から知った事だけれど、その日のライブはほとんど誰にも知られていない、ど素人のバンドばかりだった。 だから並びもせずに入れて、人もそんなに多くなかったらしい。 数カ月後に人気バンドのライブに初めて行った時は、人の多さ、流れに命の危機さえ覚えた。    私達は一番前の、ステージに向かって右側の良い場所を取れた。 運動会の徒競走でピストルが鳴るのを待っている、あの瞬間のような緊張感。 神様は私に、これから出会う彼の気配を伝えようとしていたのかもしれない。  時間になり、最初にステージにやって来た彼らからは、明らかに熱いものが感じられた。 私は一番前という事もあり、どんな表情で存在すべきなのか分からず、キョロキョロとバンド全員の顔を見ていく。  激しい曲から始まるのでは、というイメージと違い1曲目はバラードだった。 私はメンバー4人を均等に1人ずつ見るというルールをなぜか決め、隣でボーカルばかり見つめる彼女との差別化を測る。 ギターの人を見て、少ししたらボーカルに、という風にしていた。  曲がだんだん盛り上がっていき、サビに入る。 その時だった。 ベースの人がメロディーにハモるパートを歌いだした。 私はドラムの人を見る時間だったのに、そのハモりの声に引き寄せられ、ベースの方を見る。  そのベースの人が彼だった。 登場した時だって見ていたはずなのに、なぜか彼がハモりだしたその瞬間に彼に夢中になる。 目を閉じ、ハモリながらベースを弾く彼。 ファンになった理由を聞かれてもうまく答えられないけれど、私はただ、その瞬間に彼を見つける以外の生き方はなかったように思う。 理由というのは難しくて、本当は、直感の後に作られるもなのかもしれない。    私にとっては自然な流れだったけれど、その瞬間の事を初めて話した時、彼は凄く笑って 「ベースを弾く姿じゃなくて、ハモる姿だったんだね」 と、困惑しながらも嬉しそうな顔をした。  その後の曲はずっと彼の事しか見ず、ベースの音を必死になって聞いた。 計3曲を演奏し終え、彼らは深くお辞儀した。 頭を上げた彼と目が合った気がしたけれど、一瞬過ぎて気のせいだったのかもしれない。 無事に演奏し終えた彼らの笑顔は輝いていて、無邪気で少し強気で美しかった。  これがこのバンドでの初めてのライブだったと知った時は、彼らから感じた熱いものの理由が分かったし、彼らが中学時代の仲良し組だったと知った時には、無邪気な笑顔の理由が分かった。 そして何より、その記念すべきステージをあんなに近くで見られた事に感謝した。    彼の喜びに溢れた笑顔。 私の青春。 今でも彼の笑顔は変わっていない。 私の大好きな笑顔だ。 でもきっと、心は変わってしまった。
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