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彼女が抱いた夢
それからも彼女と私は地下ライブハウスに通った。
彼らのライブを見られるのは月に一度ほど。
私はただ彼を応援し、彼らの音楽にハマっていった。
学校は彼女と喋るために通っているようなものだったし、放課後はバイトをして、それはライブの為だった。
毎日が楽しくて、まさに私の青春。
夏になり、奇跡的な出来事が起きる。
私がバイトしていたカフェに彼が来たのだ。
それも一人で。
水とメニューを出し、その場を去ろうとすると
「すみません」
と声を掛けられた。
もしかして、ライブにいた私に気付いたんじゃないかと期待して、ドキドキした。
「はい」
「アイスカフェオレください」
「はい・・・かしこまりました」
期待した事が恥ずかしくて、慌てて顔が熱くなる。
彼が私に気が付く訳がない。
最初のライブの日は一番前で観れたけれど、あの日以来、他の人気バンドのせいもあり、前の方で観れていなかった。
それに一番前は最高なんだけど、最高に緊張するから、私が自ら後ろがいいと彼女にお願いしていたのだ。
一人でカフェにいる彼は凄く大人に見えた。
年齢は知らないけれど、少し年上だと予想していたのが確実に当たっているなと気付く。
ライブをしている時も私には到底届かないような、大人の世界にいる人みたいだったけれど、自分が毎日のように通い、働いている店にいても、到底届かない気がした。
彼の横顔、姿勢、視線、水を飲む動作。
全てが私にとって夢のように映る。
もしかして、恋なのではないか。
この時、私はそう思った。
誰にも言いたくないと思った。
彼のファンになった事を私は親友の彼女にも話してなかったし、もちろん家族にも話していない。
自分の中だけで静かに想い、時には熱く想う。
今ある気持ちの形を変えたくなくて、一生この気持ちを知っていたいと思った。
彼が本を読み始めた時には、その想いは強くなり、確実に恋だと気付く事になる。
今でも彼が本を読み始めると、恋に気付いた日を思い出し、ニヤケてしまう。
「何がおかしいの?」
初めのうちはニヤニヤする私を本当に不思議そうに見ていた彼だけれど、そんな私に慣れた彼は、ただ呆れたように笑うだけになった。
「そんなに本を読んでる俺が好きなの?」
と冗談まで言うようになって、
「本を読んでる男の人が好きなの」
と返すと拗ねた顔をしつつ、
「俺は一人でニヤニヤしない女の人が好きだな」
と言い、私を笑わせたりした。
他のお客さんのお会計のタイミングと、アイスカフェオレを運ぶタイミングが重なってしまい、私は彼にアイスカフェオレを届ける事が出来なかった。
もしあの時、私が届けていたら。
私は込み上げた想いをつい、口にしていたかもしれない。
ファンである事を伝えたのか、それとも恋心を告白していたのか。
それは分からないけれど、そうしていたらどんな未来になっていただろうか。
彼は優しいから、戸惑いながらも最初は笑顔を見せてくれたのは確かだ。
その後は、親切な彼と仲良くなっていたかもしれないし、逆に怖がられてそっと避けられたかもしれない。
彼が来て15分くらいで私の退勤時間になってしまった。
店に残る口実もなかったし、彼が帰るのを待つのは何だか違う気がして、そのまま店を出た。
すると、彼女がいた。
「お疲れ様。全然携帯見てないでしょ?返事ないから来ちゃった。カラオケ行かない?」
突然誘われるのは今まで苦手だったのに、彼女の誘いはいつも私にとって嬉しいものだった。
一緒にカラオケに行こうとはよく話していたのに、彼女と来たのはこの日が初めてだった。
二人で騒ぎ、歌って、たまに踊って、私は人生で初めて誰かに素を見せた気がした。
途中、トイレから戻ってきた彼女が
「彼氏が来たいって言ってるんだけど、ダメだよね?そういうの苦手だもんね?」
言われた瞬間はなんだかズキッとしたし、怖いと思ったけれど私は、
「いいよ。多分猫かぶっちゃうし、来てくれても楽しいって思ってもらえるか分からないけど・・・」
「いいの?ありがとう。絶対楽しいよ。明るい人だから、緊張しなくていいよ」
「うん」
そうは言われても私は緊張した。
3歳年上の彼氏。
それに、親友の彼氏だから嫌われたくない。
「お邪魔しますー」
遠慮気味な声で入ってきたその人は、彼のバンドのボーカルの人だった。
「え!」
私は驚き、彼女を見る。
「言ってなくてごめんね。会う時に驚かしたくて」
その時私は、初めて彼女とライブに行った日、彼女がボーカルばかり見つめていたのを思い出した。
「初めまして」
震えそうになる声を落ち着かせて言う。
芸能人に会ったような不思議な気分だった。
その芸能人が親友の彼氏だなんて、信じられなかった。
「初めまして。いつもライブに来てくれて、ありがとう」
とても親しみやすい人で、私は早々に、彼女が彼と幸せになってほしいと願った。
「お邪魔しますー」
すると、また誰かが部屋に入ってきた。
「え!」
それは彼のバンドのギターとドラムの人だった。
「ごめん。連れて来るのは知らなくて。大丈夫?」
彼女は私を気遣ってくれる。
「大丈夫。驚いただけ」
もちろん驚いたのだけれど、それよりも私は、彼が来てしまうのではないかと怯えていたのだ。
心の準備も出来ていないし、突然すぎて、ただ怖かった。
でも、私の心配は無駄に終わる。
特に彼に言及する事なく、カラオケでの時間は過ぎた。
最初は緊張していた私も、親切な人ばかりだったので、楽しく盛り上がれた。
帰り、5人で駅まで向かう道で、彼女は突然、私に言った。
「私ね。女優になりたいんだ」
「え?」
彼女の彼氏と他の二人は違う話をしていたから、聞いているのは私だけ。
「人に言うの初めてなんだ」
「そうなんだ。びっくりした」
「なんかさ、楽しくて。楽しいから、つい言いたくなっちゃった。ふつうにさ、なんか、夢を持って生きたい!って思ってたけど、こんなに大きい夢を抱く事になるとは思わなかった。誰にも言えなかったし、叶えようともしてなかったけど。楽しいとさ、夢の事を忘れられるんじゃないかって期待するのに。楽しいと、夢が叶うんじゃないかっていう期待が大きくなるんだよね。今がこんなに楽しいなら、夢を叶えたらどんなに楽しいんだろう?って希望を抱いちゃう。なんか初めてみようかな。夢への一歩?」
まだ、高校一年生なのに、私には彼女が大人に見えた。
何と答えていいか分からず、言葉を探す中、心の奥に見つけたのは、私の夢らしきものだった。
音楽をする彼の側にいたいという夢。
欲望なのだろうか。
そんな夢は卑しくて、なんだか恥ずかしい。
彼女の真っ直ぐな夢が羨ましかった。
私は、心の奥の夢らしきものを夢だと認めずに、確かな真実だけを伝えた。
「こんな事しか言えなくて申し訳ないけど、応援するね。私、ずっと親友でいたい」
彼女は笑顔になって私を抱きしめた。
「ありがとう」
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