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情熱的
家に着くと簡単に野菜炒めを作り、冷凍ご飯を解凍し、日本酒を用意した。
そしてお決まり、ドラマを観る。
家にはテレビもあるのだが、今は線をつないでもいない。 パソコンとスマホで十分というのもあるけれど、1番の理由は節約だ。
大学卒業後、フリーターとなった私の生活はかなり厳しい。
就職をしなかったのは、もちろん夢の為だ。
両親はそんな私を温かく見守ってくれた。
就職しないと伝えるのに1年を要した。
両親の悲しい顔が浮かんだからだ。
お金に関してはあまり使わないので多少は貯まるが、ずっと一定をキープして、上昇する事はない。
たまに短期のアルバイトをする事もあった。
フリーターに付きまとうのは周りからの評価だ。
もちろん就職していても、会社のレベルなんかを評価されると思うが、私はそんな良いものではない。
私と違い友人の多い両親はきっと、娘がフリーターだという説明と、夢を追いかけているのだという説明を何十回もしたのだろう。
それを聞いた相手は心で、大変だな~、なんて思っただろう。
両親には申し訳ないが、私はフリーター生活を存分に楽しんでいた。
今の仕事はシフト制なので、休みの曜日が決まっていないのが特に好きだった。
たまに空いている平日の映画館に行くのが特にお気に入り。
気楽すぎる。
月~金、時には残業をし、懸命に働いている人に申し訳ない。
ダメ人間だと思いながら日本酒を一気に流し込んだ。
その後、3杯ほど飲み、少しテンションが上がった。
色々なドラマを行き来し、泣いたり、ニヤけたりと忙しい。
スマホの画面がつき、母からの着信に気付く。
「もしもし?お母さん?」
出ると母の優しい声が聞こえてきた。
「もしもし~にな絵~。今日バイトだったの?」
「うん、そうだけど。何かあった?」
「別にないけどさ、今度久し振りにご飯一緒に食べようよ」
「うん。いつにする?」
「休みに合わせるよ。いつがいい?」
「じゃあ、明々後日。ステーキ食べたいな」
「了解。また連絡するね。あ、あとね…」
「ん?」
「みな香、結婚するかも」
「えっ」
みな香とは私の妹である。
今、20歳である。
「もしかして、そういう…」
「違うの違う。彼氏7個年上だし、早く結婚したいんだって」
「へー」
「また会った時に詳しく話すから。おやすみ」
「おやすみ」
意外な展開に驚いていた。
20歳で結婚?
そもそも彼氏がいる事も知らなかった。
同級生との長い付き合いの純愛という訳ではなく、恐らくまだ付き合いが浅い人との情熱的な恋愛という訳なのか。
学生の頃から付き合っていたら、さすがに私も気付くはずだ。
姉妹仲は良かったが、私が家を出てからは連絡し合う事もほとんどなく、近況は両親の誕生日の時かお正月に話し合うくらいだった。
みな香もどちらかというと私のようなタイプで、友達が少なく、異性との付き合いも得意ではないとは思う。
気になって眠れそうになかったので、みな香に電話してみる事にした。
「もしもし?みな香?久しぶり」
久しぶりに電話したから何かを怪しまれてしまう気がする。
「あ、久しぶり。お姉ちゃん、もしかしてお母さんから聞いた?」
やはりバレるか。
「あ、うん。気になって寝れそうになくて電話した…本当なの?」
「うん。結婚する。プロポーズされた」
「へー。凄いね、こんなに若くに」
「うん。自分でも驚いてるけど。でもどこか冷静なんだよね」
「そうなんだ。明々後日、お母さんとご飯行くけど、みな香もどう?聞きたい事ありすぎるから」
「一応空いてる。行けたら行く!」
「分かった。じゃあ連絡する。おやすみ。あ、おめでとう」
「ありがとう。おやすみ」
久しぶりの電話も、結婚についての話も恥ずかしくて早々に通話は終わった。
照れ隠しなのかは分からないが、みな香は本当に冷静だった。
なんだか大人だと思った。
今は23時。
普段ならゆっくり寝る準備を始めるのだが、私は冷蔵庫からワインを取り出して飲んだ。
何かを恐れていた。
なぜか悲しくなってしまいそうで、ワインを飲みながらドラマを観た。
とびっきり笑えて明るいラブコメディ。
1人で思いっきり笑った。
妹が結婚する。
幸せな事だ。
それなのになぜ、初めて出会う、知らない、切ない感情が溢れてくるのだろう。
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