1人が本棚に入れています
本棚に追加
無垢な優しさ
「今から歌う曲は、妹の幸せを願いながら作った曲です。みな香。結婚おめでとう。末永くお幸せに。私とも末永く、仲良くしてね」
拍手が沸き起こる。
今日は伊之助さんがギターを弾き、メインで歌うのは私だ。
息を合わせる。
歌っている最中、何度も泣きそうになってしまった。
当たり前に一緒にいた妹。
大人になり、少し離れていた距離を一気に縮めたかった。
この歌で。
心から幸せになってほしい。
今気付いた。
みな香も私を変えてくれた一人だ。
強く言ってくれた言葉があった。
ハモるタイミングを合わせるのに、伊之助さんの方を見る。
伊之助さんの瞳には涙が溢れていた。
私はつい可笑しくなってしまって、周りを見る心の余裕ができた。
みな香の方を見ると、ハンカチを目に当て泣いていた。
みな香の隣、旦那さんを見ると、みな香よりも泣いていた。
姉妹の好みのタイプは似ているのかもしれない。
私の隣、伊之助さんをもう一度見ると、号泣に近いくらい泣き出してしまう。
ハモってくる声が微かに震える。
私はこの状況が可笑しくて、愛しくて、幸せだった。
「本当に素敵な結婚式だった~」
夜の公園で、ブランコに乗りながら和美さんが言う。
「今まで見た妹の中で一番綺麗で、一番幸せそうでした」
伊之助さんは私の隣に座り、スマホを見ている。
「プロポーズの話、良かったな~。星空の下のプロポーズだよ。羨ましい。私なんか...私なんか靴の中に指輪が入ってたんだよ?どうしたらそういう発想になるわけ?餃子の中かと思いきや、靴!普通、靴はチョイスしないでしょう!まあ、そういう変なところも好きなんだけど。原始人みたいなのに、可愛いって、ギャップ萌えだよ~」
「和美さんの結婚式でも歌わせて下さい!ね、伊之助さん!」
伊之助さんはまだスマホを見ている。
珍しい。
一緒にいる時に、スマホを見ている姿はあまり見た事がない。
「にな絵さん。一次審査通りましたよ」
「一次?え、あのオーディション?」
「はい。次は二次です!」
「良かった!二次に受ければ、最終ですね?」
「はい。よーし。もっと練習しなきゃですね」
「明日から早速しましょう。あれ?伊之助さん、目が変ですね」
「なんか凄く重たいんですよね...」
和美さんがブランコから飛び降り、
「号泣したからでしょ!」
とツッコミを入れる。
「だって、なんか凄く良い雰囲気で...」
鞄に入れていたスマホが振動するのが分かる。
見ると、父からだった。
珍しい。
「もしもし?」
「あー。にな絵。遅くにごめんね。ちょっといいかな?」
「何?どうしたの?」
「さっきは言えなかったけど...今日、本当に感動したよ。にな絵の歌」
私は歌った後に両親と居た時、凄く恥ずかしかったのだ。
みな香の話ばかりをして、自分の話題にならないようにしていた。
「母さんも泣いてたよ。父さんも、泣きそうだった。頑張れよ」
「うん、ありがとう」
”頑張れよ”。
その言葉が嬉しくて嬉しくて、私は泣いた。
堪える事はできなかった。
伊之助さんが私の頭を撫でる。
幼い子供が母親にしてあげるような、無垢な優しさがあった。
その優しさに、胸が熱くなる。
最初のコメントを投稿しよう!