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誤解と反省
「天台さん、ライブしてるの?」
バイトの休憩中。
吉川さんに聞かれる。
あの、不倫の奥様だ。
「はい。なんで知って...」
「娘がね!ライブ色々行ってて、そのチラシ?を家に置いてて、なんとなく見たら、天台さんと前に働いてた可愛いあの男の子が写ってたから...」
「そうだったんですか。今、一緒にライブしていて...」
「良かったら、サイン貰えない?」
色紙とペンを渡される。
「そんな。有名人じゃないですよ。素人のライブですから!」
「絶対有名になるって!すっごく感動したもの!」
「ん?」
「あ、ええと...」
「もしかして、会場にいました?」
「いたの...」
「娘さんがチラシを、っていうのは...」
「変な嘘ついちゃったわよね...娘と、店長と行ったの」
「店長!?」
「再婚する事になって...」
「そうなんですか!おめでとうございます」
「言わないでね。職場では私、ずっと前に離婚してる事も隠してて...」
「隠してるんですか?」
「この性格が嫌になるわ...見栄っ張りだから、言うタイミングを逃したのよ。だから、店長と一緒にいるとこ見られたら、不倫だって勘違いされちゃうから...嘘はよくないわね。一つ嘘ついたら、またつかなきゃいけなくなる...」
伊之助さんも勘違いしていたのだろうか。
私も勝手に不倫だと決めつけていた。
いつもキラキラした結婚指輪をしていたからだ。
「そういえば。指輪、前と違いますよね?」
吉川さんの左手薬指の指輪は前と違う。
前よりもシンプルなものだ。
「気付いたの?天台さんって見てないようで、見てるわね。これは店長との結婚指輪。結局、シンプルなのが良いのよ。この歳になって気付いたの。好き!とか、楽しい!とかそういう気持ちが大事だって。店長といるとそういう気持ちになれるの。天台さんは?キューティーボーイとどう?」
「キューティーボーイ?凡城さんですね。いや、私はそんな...」
「私の目は誤魔化せないわよ。好きなのがバレバレだったわよ。私から見たら」
「そうですか?」
「ステージ上でね。とにかく、サインよろしくね。キューティーボーイにも書いてもらって。実は、ライブ、キューティーボーイに誘ってもらったのよ。主人が。まあ詳しくはキューティーボーイに聞いてね。じゃあ、お先に」
「分かりました」
しっかり話してみると、なんだか素敵な人だった。
それに表情が凄く柔らかくなっている。
若作りなんかじゃない、自然な美しさ。
伊之助さんと練習スタジオに入る。
サインを書いてもらった。
「実は少し前からサインを考えてました。調子乗っちゃいました」
スラスラと書く伊之助さん。
「早速サインの機会があって良かったですね」
「はい。それと...実は店長と時々会ってました」
私が聞くより前に、伊之助さんは店長にライブを誘った経緯を話した。
「にな絵さんがお休みの時、スーパーに謝りに行ったんです。そのあとに、店長が美味しいレストランに連れて行ってくれました。野菜をメインにしたイタリアンで、パスタとか、ピザを食べました。吉川さんとの事もその時に...ただ内緒って言われたので、内緒にしていて。すみません」
「そうだったんですね」
「意外なところに縁があるというか。凄く仲良くさせてもらってて。今度はにな絵さんも一緒に食事しましょう。奥さんも誘いましょう。内緒にするの辛かったんですよ」
「私は、勝手に不倫と思ってしまった事が申し訳なくて....でも、食事したいです」
「店長も職場でチューした事は反省してました。だから、勘違いも笑って許してくれたから大丈夫ですよ」
「チュー...じゃあ、お互い反省という事で...」
「はい!」
”チュー”という単語はドキドキするからやめてほしい。
伊之助さんと出会ってから、本当に不思議で、素敵で、楽しい事ばかり起こる。
ドラマみたいだ。
「にな絵さん!」
「はい!」
「練習始めましょう!」
ずっと一緒にいたい。
ずっと伊之助さんと歌っていきたい。
だから、努力したい。
もっともっと努力したい。
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