逃げて、今だけでも

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逃げて、今だけでも

 真っ暗な部屋。 足が痺れていた。 頭も痛い。 ソファで眠ってしまったようだ。 スマホを見ると午前4時だった。 何だか情けない気持ちだったが、ひとまずお風呂に入る事にする。 シャワーを浴びながら、妹が結婚する事について考えた。 妹には幸せになってほしい。 でも勢いに任せてしまっていないか、妹が心配だ。  妹、みな香は綺麗系か可愛い系か、どちらかと言えば綺麗系。 初対面の人はきっとみんな良い印象を持つと思う。 髪は幼い頃からロングで、瞳はキラキラとしていて、鼻筋も綺麗だ。 そして清楚で物静か。 だけど自分の意見はしっかりと伝えられる人間だった。  風の噂で妹が先輩から告白されたらしいとか、同級生の子からも告白されたという噂を聞いた事がある。 10回は聞いたかもしれない。 私に届く分で10回なら、本当はもっと告白されていただろう。  みな香は小学生の頃からの初恋の相手に、中学に入る前に告白し振られた。 それから高校に入るまで彼氏を作らなかった。 高校に入り、付き合ったのは、その初恋の相手だった。 それからみな香は、以前にも増して綺麗になった。 すれ違うといい香りがした。 結局、高校2年の頃には別れるのだが、みな香はケロッとしていた。   私はというと、何人もの男の子を好きになった。 けれど、一度も告白をせずになんとなく気持ちが冷め、好きな人がいたり、いなかったり。 自分で言うのはどうかと思うけれど、妹ほどではないが、私もそこそこルックスは良い方だと思っている。 目はくっきり二重。 何度か告白された事もある。 でもそれは私が好きな人ではなかった。 中学の頃、よく話し掛けてくる男子がいた。 「休みの日は何してるの?」 「どんな音楽聴くの?」 「今度映画行かない?」 積極的に誘ってくるので良い気分になったし、その人が優しく、爽やかだったから好きになりつつあったけど、気付くと彼は違う女の子と付き合いだした。 私の事が好きで質問していたのか、気持ちが分からなくて幻滅した。  高校に入り、少しして私は隣のクラスの男の子に一目惚れした。 廊下で見かける度にドキドキして、どうにか目が合わないものかと何気なく見つめたりした。 たまに向こうもこっちを見ている気がして、何か起こる気がした。  するとある日、一人で帰っているとその男の子に話し掛けられた。 「突然で本当に申し訳ないんだけど、ちょっといい?」 はにかむ顔がとびっきり格好良かった。 「はい。何ですか?」 彼を見上げた。 「あのー、いつも一緒にいる子いるじゃん。俺がちょっと興味持ってるって伝えて欲しいんだよね」 「え?」 「あー、いやこういうのは格好悪いって分かってるんだけどさ。お願い出来ないかな?」 「あー、うん。良いけど…」 「ありがとう。本当にありがとう。結果今度聞かせて。あ、連絡先教えて」 連絡先を交換し、私は笑顔で彼の元を去った。    これこそドラマでよく見る展開だ。 私は家に着き、笑ってしまった。 いつも一緒にいる子は私のどうにか見つけた友人だった。 でも正直本音で話せる訳ではなく、向こうも同じだったはずだ。 孤立しない為の友情。 でも良い子というのは分かっていたので、あえて彼の事を伝えなかった。 連絡もせず、どうにか彼を避けているうちに彼は学年で一番人気のある子と付き合いだした。  そういった事を経て今に至る。 学校は私にとって決して楽しい場所ではなかった。 集団が嫌いで、仲間とか友情というものがよく分からなかった。 ただ嫌われたり、迷惑をかけるという事はないように努めた。  毎日家に帰ると、fubeの曲を聴き、ドラマを観る。 曲作りもした。 週に3回、歌とギターを習いに行く。 それだけが私の楽しみでだった。 学校は意味がない。 みんな本当の私を知らない。 そのうち驚く事になる。 私と仲良くしておけば良かったと思うはず。 そんな事を考えながら毎日眠りについた。  湯船に浸かり、久し振りに昔の事を深く考えてしまった。 昔の事や嫌な事については極力考えないようにする主義だ。 考えずにはいられない日ももちろんある。 でもfubeの曲を聴いたり、ドラマを観ると割とすぐにその世界に入り込めた。  シャワーで体を流し、お風呂を出た。 小さな小さな声で自分で作ったメロディーを歌う。 なんだか凄く寂しく響いた。 自分の事を好きかと思っていた人が他の人の所へ行ったあの時みたい。 何がいけなかったのか? 私はもう少しで完全に好きになる予定だったのに。    すると突然何かが倒れる物音が聞こえた。 聞こえたと思った瞬間のすぐ後に、その物音が沢山の音階を持っている事に気付いた。 洗面所から出て、物音の方に行くとやはり、ギターが倒れていた。 まだ音が響き残っていたので手で抑えて、止めた。 静寂が訪れ、ボディーソープの匂いだけが漂う。  お風呂の方に戻り、化粧水と乳液を塗る。 このまま朝まで寝る気はないから、髪は自然乾燥で良い。 ドライヤーなんてしばらく使っていなかった。 自然が一番。 綿棒で耳を軽く掃除する。 お風呂の排水口の髪の毛を取ろうとした時。 その時に気付いてしまった。  私は何にもなれない。 誰とも心を通わす事など出来ない。 愛してもらう事も愛する事も。 今を生きる感覚なんて知らない。 笑顔は逃避の為。 逃げる事が生きる事だったから。 私はたいした努力もせずに、夢が叶うと思っているただの情けない人間だ。 私にドラマのような未来は来ないだろう。 このまま何も変化しなければ。
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