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祝福
鏡を見ると目が腫れていた。
あれからずっと泣いていた。
理由は沢山あるのだけれど、一言で言うと、絶望だ。
このままだと私はこの一人の世界で生きていき、そして死んでいくと気付いてしまった。
誰かが自分を見つけてくれる、そして沢山の人に必要とされる未来。
当たり前のように来ると思っていたそんな未来。
それが突然、どこかへ消えてしまった。
虚しい。
私はこれまで、自分で作った曲を誰にも聞かせた事がない。
でも何かチャンスが訪れるはずだから、その時に驚かせるんだ、と思いながら。
好きだった人に好きと伝えた事はない。
でも好きな人が私を好きだと言ってくれる日が来るんだ、と思っていた学生時代のように。
キラキラとしているドラマのような毎日がもうすぐ私にも、と。
そして、何も起こらない日常の中、私は理想だけを見て生きていた。
現実逃避。
暗い事は考えない。
悲しい事はすぐに誤魔化す。
就職しなかったのも、結局は逃げたかったからだ。
もちろん夢があったからというのは嘘じゃない。
でも私の夢は努力なしの夢。
受動的な夢。
自ら進む夢ではなかった。
舐めている。
人生を、世の中を。
顔を洗いもう一度顔を見る。
腫れた目。
「どうしてこうなったんだろう」
鏡の自分に小さく呟く。
化粧水をいつも通り適当に染み込ませる。
「はー」
お腹は空いたので目玉焼きでも焼く事にした。
ドラマを観る気になれない。
幸せな気分で見ていたドラマを、今日はピュアな気持ちで見れない。
恨めしさがドラマの邪魔をするだろう。
私はヒロインになれないから。
ドラマの登場人物は自分の気持ちを言葉にする。
想いを伝え、懸命に生きるのだ。
私にはその勇気がない。
感情の起伏が怖い。
痛みが怖い。
食パンと目玉焼きとコーヒーを机に並べた。
「いただきます」
珍しくちゃんと言った。
一人暮らしを始めてから、まともに言った事のない言葉だった。
すると、外から足音が聞こえてきた。
時計を見ると午前5時55分。
無神経な足音。
周りを気遣う気がないようだ。
私の部屋を通り過ぎて、すぐにその足音は止まった。
そして、隣の部屋の扉の音が聞こえた。
あのモテる女の部屋だ。
でも彼女の足音ではないはずだ。
彼女の足音や物音がうるさいと思った事は一度もないし、彼女は周りに気を遣えるタイプ。
男の人が好むタイプ。
だから絶対に違う。
彼氏なのか?
私の知る限りでは、今まで話し声も聞こえた事がない。
自分の部屋には呼ばすに、彼氏の家に外泊するタイプだろうと勝手に考えた事もあった。
もちろん、深く考えた訳ではなく、なんとなーく考えてしまった程度だけど。
女性の控えめな笑い声が聞こえた。
今の私にリア充はキツイ。
あの女性は「好き」という言葉を今まで何度口にしたのだろう。
私からすると、恐ろしいほど言ってきたのではないか。
そして何度、何人に手を握られ、抱きしめられたのだろう。
私とは大違いだ。
隣同士の部屋、同じ時間の中、全く違う人生。
深い所に妄想が進みそうになり、私は慌てて立ち上がり、テレビのコンセントを入れた。
見ることが出来た。
久しぶりの朝のニュース。
アナウンサーが6時を知らせ、番組の始まりを告げる。
そして
「幸せなニュースです」
と言った。
画面が切り替わり、新聞の紙面が映された。
そしてアナウンサーが続ける。
「シンガーソングライターのfubeさんが、女優の麻里一世さんとの結婚を発表しました」
「え!」
大きい声を出しすぎて自分で驚いたが、それどころではなかった。
アナウンサーが続ける。
「二人は一年前から交際を開始し、この度めでたくゴールインされたそうです。それでは次のニュースです」
「ちょっと!それだけ!?え!ちょっと!って相手誰?女優?知らないんですけど!」
テレビに向かって叫んでしまう。
もう既に次のニュースが読まれている。
人気アイドルの突然の引退宣言についてだ。
これは一昨日くらいからやってるニュースの続報だ。
ネットで見た。
アイドルのニュースは長々と続く。
「こんなのどうでもいいでしょ!やめたいならやめさせればいいの!ちょっと、え、結婚?」
混乱しながらもスマホで相手の名前を調べる。
写真を見ると見たことのある女優だった。
名前は知らなかったけれど、本当によく見る女優。
確実に実力があり、良い意味で目立たない、作品にスッと溶け込むタイプの女優。
fubeより5歳も年上だ。
これは本気のやつだ。
若い子にいかないところに好感が持てた。
でも、でも。
これは誰しも思った事があるはず。
憧れの人との恋。
いつか歌手になったら、fubeに会える。
そして恋に落ちる。
本気で思ってた。
運命の人。
今日の少しの時間で私の未来は一気に変わってしまった。
突然訪れた絶望感と、fubeの結婚によって。
想像し続けた未来。
何か特別なものを持ち生まれた私。
才能のある私。
多くの人に必要とされる私。
多くの人に愛され、運命の1人と愛し合う私。
今から死ぬ気で努力しようとも思えない。
輝かしい未来を描きながらも、現状維持でいいのかもしれない。
成し遂げる勇気も、愛す勇気も、愛される自信も何もない。
私には何もない。
「fube、結婚おめでとう」
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