どうしたの?私!

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どうしたの?私!

 インターホンを鳴らす。 私は深呼吸した。 緊張している。 何を伝えるのだろう。  しかし、しばらく待っても誰も出てこない。 もう一度インターホンを鳴らした。 誰も出てこない。 あんなに大きい声で歌ったくせに居留守? どういうつもり?  結局誰も出てこず、自分の部屋に戻った。 苦情を言われると思って居留守をしたのだろうか。  私の胸は高鳴っていた。 これはfubeに救われた時とは全く違うのだけれど、本質のようなものは同じ気がした。 見知らぬ人の声に、私は希望を感じている。 そして、好きだと思った。 好きな声。 本当の本当の本当に好きな声。 遺伝子的に探していた声。 離れない声。    私はどうする事も出来ず、ひとまずご飯を食べた。 まだドキドキとしている。 ドラマを観ようとも思ったけれど、この胸の高鳴りに今勝てるものはないと、今日はやめた。 テレビをつけたけれど、見ているようで全く見ていなかった。 余韻が全てのものに勝ってしまう。  それから約30分後。 また始まったのだ。 歌の始まりを期待するイントロ。 さっきと同じ曲だ。 遠慮のないギターの音。 「こんなに素敵な場所があったとは もっと早く気付けたら良かったのに」 今のは確か、さっきと同じ歌詞だ。 「寒くて凍えていたんだ なんでかは分かってるよね 服はほとんど売ってしまったよ」 ここはさっきと違う歌詞だ。 続きが気になる歌詞ではある。 そしてもう一度、この歌声を聴ける事が嬉しかった。 ギターの音が少し大きくなる。 サビだ。 「本当にありがとう だけどいつまでもいられない事分かってるからちょっとブルーブルー それでも住まわせてくれてありがとう」 うん。 癖になるな。 「大金がどこからか飛んでこないかな よくイラストで見る羽がついてるバ~ジョン~~」 ここ、好きかも。 「そしたら君にすぐ届けるよ 優しい君に 羽っていいな僕も欲しい~」  今だ。 今行けばさすがに居留守も出来ないだろう。 もし問題が起これば引っ越せばいい。 そこまで考えた。 何を話すか決めていないけれど、この歌声の主が気になって仕方がない。 最初、良いのは歌声だけだと思っていたけれど、歌詞もかなり独特でストレートで欲望が見え見えで良いと思った。 急いで隣の部屋の前に行き、インターホンを鳴らす。  ギターの音が止まった。 また出てこない気だな。 少し声を低めにし、 「宅急便でーす」 と言ってみる。 軽くなった私は、馬鹿になってしまったのかもしれない。 すると、足音が近づいてきた。 「はーい」 中から声が聞こえた。 ドアが開く。 「はい」 サラサラとした髪に一重の目。 スッと高めの鼻に、少し厚めのボテッとした唇。 綺麗な顎のライン。 結構かっこいい。  私と同い年か少し上かなと思う。 こっちを見ているその男の人は宅急便じゃない事に気付いたようで困っている。 「怪しい者じゃないんです。隣の部屋の者です」 「あっ!あー、すみませんー」 謝りながらドアを閉めようとする。 笑顔で誤魔化そうとしている。 笑顔が可愛い。 私は慌ててドアを手で押さえ、 「苦情じゃないんです。お願いです、聞いて下さい」 と言った。 その人の力は弱く、私の片手でドアを簡単に開ける事が出来た。 「僕、ここの住人ではないというか、来たばっかりで何も分からないんです...」 弱々しい。 あまりにも弱々しい。 さっきの元気な歌声は本当にこの人の声なのか? もしかして、中にもう一人いるのではないか。 「あの、さっき、歌ってたのはあなたですか?」 「え?あ、はい。聞こえてましたか?本当にごめんなさい」 「聞こえてました。でも迷惑なんじゃなくて、その...凄く感動したんです」 「え?」 「歌声も歌詞も凄く良くて...歌手を目指されてるんですか?」 「いいえ。ただ歌ってるだけです」 「もったいないですよ!本当に。あなたの歌声は凄いです。私、本当に感動しました。もうファンになってしまいました」 勢いよく言ったので少し怖がれてる気がする。 目が怯えているように見える。 軽くなった私は人の目を気にしないようになってしまったのか? この人には誤解しないでほしいと思い、私は慌てて言った。 「怪しい者じゃないんです。ただ感動した事を伝えたくて。危害を加えたりしないので、大丈夫です。失礼します」 急に怖い者知らずになった私は、急に自信のようなものをなくし、走って自分の部屋に戻る。  鍵を閉め、玄関で座り込む。 「何やってるんだ?確実に不審者じゃん。訴えられるかも」 しばらく呆然としていた。  すると隣の部屋からまた、ギターの音が聞こえてきた。 部屋に入りソファに座った。 さっきより音が小さい気がする。 「僕はもしかして 生まれた時から もしかして」 声が小さい。 私は壁に耳を近付ける。 「僕は天才なのか~知らなかった 誰も知らなかったのか 知ってて教えてくれなかったのか~」 これは聞こえていないと思っているのか。 遠慮気味の歌とギターだけど、聞こえている。 「スカウト?スカウトされちゃう~?よし~デビュ~デビュ~」 ポップな曲だ。 耳に残る。 そして、この歌は私のお陰で出来ているのか? 気持ちが素直に現れている。  3分くらいだったと思う。 私の発言が反映された曲が終わり、思わず拍手してしまった。 まずい!と思った時にはもう遅く、隣から声がした。 「あのー、もしかして聞こえてました?」 「あー、はい。全部聞こえてます」 声を少し張った。 返事がきた。 「そうですかー。恥ずかしいですね。静かにします。ごめんなさい」 「私は大丈夫なので気にしないで下さい。凄く良い曲でした」 「ありがとうございます」 壁越しに話した。 ここまで壁が薄いとは思わなかった。 私の独り言も聞こえているのでは?と不安になるほどだ。  いや、そんな事よりも。 私は凄い事をしてしまった。 知らない人にいきなり想いを伝えるなんて初めてだった。 何がしたかったんだろう? どうしたのだろう私は。
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