絶望の次の彼、早く!

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絶望の次の彼、早く!

 彼は私の絶望の次の日に現れた。 彼の出現で人生は変わる。 人生を変えられた理由は何だったのか。 彼の存在があまりにも大きかったのか、それとも私の絶望がそれほど大きなものではなかったのか。 もしくは、お互いがお互いを引き寄せ、必要としたのか。 今でもまだ分からないけれど、私は3番目の理由である事を願う。 彼と出会う前の私は、根拠のなさすぎる自信があって、"いつか"を信じすぎていた。  彼との出会いはもう少し後。 それまでの私の日常はこうだった。 ある意味幸せな、自己満足の生活だった。  なんの予定もない日。 パソコンで動画を観ている。 起きてから2時間。 朝ごはんはまだ続いている。 朝ごはんと呼んで良いのかは分からないけれど、ずっと何かを食べ続けていた。  まず、ベッドで1時間ほどダラダラとする。 その時の伸びは、かなり幸せを感じる。  起きて顔を洗ったりしてから、食パンを食べる。 飲み物はオレンジジュースか、気分が乗っていたら温かい紅茶を淹れたりする。 オレンジジュースは、ホテルの朝食バイキングの気分を味わえる気がして、よく飲む。 素晴らしい飲み物だ。  パソコンをつけ、1週間ほど前から観る事を計画していたドラマを観る。 基本、恋愛ドラマ。 ファンタジーも好む。 恋愛ドラマなら何でも好きだ。  食パンを2枚食べて、そのままヨーグルトやゼリーを食べる。  バナナもよく食べる。 ドラマを2話分観て、そこでようやく食べるのをやめる。  観終わった2話分のドラマの事を考えながら食器を洗い、洗濯をする。 連続で見続けないのが私なりのポイントだ。 少し時間を空けるのが良い。  ドラマのサントラをかけながら、家事をする。 他の誰の為でもない、自分の為の家事。 今は凄く良い世の中で、サントラを借りに行ったりせず、スマホひとつで聴ける。 ドラマの余韻に浸りながら、 「いいの、私は。あなたがいればそれでいいの」 と、ヒロインの台詞を真似する。 「そんな事言われても困る。私には付き合ってる人が…」 今日観たのは三角関係。いや、五角関係くらいの大人なドラマだった。 この手のものも好きだ。 「はあ…かっこいい~」 これは私、にな絵の口癖である。 ドラマに出ていた俳優を思い出したり、好きな歌手の歌を聴いていて、歌詞と歌声のマッチ度が凄い時に言う。 それからその俳優と初めて会う時の事を考える。 テレビ局で偶然会って、向こうから声を掛けてくれて、連絡先を聞かれて...  洗濯物を取り出している私が鏡に映った。 ニヤけている。 これだからダメなんだと思いながらも、楽しいから満足していた。 チャームポイントのえくぼがくっきりと出ている。 洗濯物を抱えたまま鏡に笑いかけてみた。 「出逢えて良かった、またね」 さっきのドラマのヒロインの台詞だ。 イケてると思った。  洗濯物を干し終えると、再びパソコンを起動させる。 音楽制作ソフトを開き、最新の自作曲を聞いてみる。 歌メロは鼻歌でなんとなく入れたもので、あとはギターだけの制作途中の段階。 昨日作っていた時はかなり気に入っていたけど、今日聴くとイマイチだった。 軽く舌打ちをする。 ちなみに舌打ちは、癖になると困るから本当にたまにしかしない。  曲を停止し、そのまま少し無音状態でメロディーを考え直してみるが、何も浮かばず、バツマークをクリックして、さっきとは違うドラマを観る事にした。  ドラマを観ている時が一番幸せだ。 私のいつかがそこには存在する。  ヒロインになる。 早くその時が来ないかな、と待ち遠しさに胸がざわざわしてくる。 そのまま夕方までドラマを見続けた。    だんだんと薄暗くなってきた所で一旦ドラマを停止し、トイレに行くと、トイレットペーパーが残り僅かだと気付く。 休みの日は家から一切出たくないので、休日の前日に買い物は済ませているのにやってしまった。 また軽く舌打ちをした。 気をつけていたのに、この前観ていたドラマの主人公に完全に影響されている。 舌打ちが多めの男主人公。 刑事ドラマだった。 さすがに影響されすぎだな、と唇をすぼませた。      仕方がないから出掛ける事にした。 少しオーバーサイズのパーカーにジーパン、スニーカーを履いて財布だけを持ち部屋を出た。  家から5分のところにドラッグストアがある。 コンビニは歩いて10分程のところで、ドラッグストアの方が近い。 なのでしょっちゅう通っていた。 最近のドラッグストアは食品も揃っているから凄い。  トイレットペーパー12ロール入りを2つと炭酸水もついでに買ってしまった。 トイレットペーパーを両手に持ち、歩いている姿はあまり見られたくない気がして中道を通った。 少しだけ遠回り。  アパートに着き、部屋の前に立った所で、隣の部屋の女性が出てきた。 「こんばんは」 笑顔で声を掛けてくれた。 これまでも何度か会った時には挨拶を交わしていた。 「こんばんは」 少しだけ、トイレットペーパーと炭酸水を持つ手を後ろに移動させ、急いで鍵を開け部屋に入った。  ああいう女性は絶対にモテる。 嫌な印象を一切与えない、柔らかい空気を纏った女性。 綺麗に巻かれた茶色の髪に、綺麗な二重瞼。 小さな鼻に、程良くセクシーな唇。 ベージュのコートに薄いピンク色のスカート。 テカテカと光る黒色のパンプス。  ああいうタイプはいつも彼氏がいる。 いつの間にか一緒にいる男の人が変わっている。 新しい彼氏がどういう気持ちなのか私には分からない。 絶対に元彼の存在を知ってるはずだから。 ああいうタイプは何かしらの手段で周囲の人に彼氏の存在を知らしめる。  高校の時に似たような女子がいた。 クラスで目立たないタイプの私にもその恋愛遍歴が分かる程だから、周りに見せつけているのかもしれない。 でもそういうタイプの女子は、目立たない私にも優しく、話しやすい空気を作ってくれる。 だから男子にもモテて、同性も含めみんながその女子を好きだから、その恋模様も知られてしまう、そういうループなのかもしれない。 単純に羨ましい気もする。  玄関で、たった今脱いだ、薄汚れ、踵が磨り減ったスニーカーを見た。 私はヒールの靴を履きたいとは思わない。 疲れる。 履く意味が分からない。 髪を染めたいとも思わない。 傷む。 楽しさが分からない。 メイクにも興味がない。 スカートも履きたいくない。 色々と脳内で否定したけれど、その薄汚れたスニーカーだけは替えるべきだと分かっている。    人と同じなんて嫌だ。 誰とも違う私はここにいる。 小さな部屋の中、自分らしく楽しく暮らしている。 もう少しでもっと楽しい日が来るはずだ。 ポジティブな思考に戻し、また部屋着に着替えた。  再びパソコンを起動させる。 ドラマの続きを観よう。 我慢出来ない。 気になる展開。 たまには一気見もいいだろう。 今日は他の事はしたくない。 早く私の一番好きな世界に連れて行って。 早く!
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