ぼくはちゅうをまった

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 僕はホームから飛び出した。指先で小突(こづ)かれただけだったのに、バランスを崩したせいで、後ろ向きに海老のように跳ねてしまった。あまりに見事な姿勢で高く遠く飛んだから、少年はさぞ驚いただろう。  目の端が、ホームに入ってくる電車を捉えた。ほぼ同時に、少年の背後に隠れて立つ、耳まで真っ赤にした女子高生が見えた。僕は、「カノジョかな? 美容のためサラダチキンばかり食べていそうだな。そうか。少年はこの子を(かば)って、『()をしたのは自分だ』なんて言ったのか」と、状況を冷静に分析した。  かなり乱暴な行為だけど、つまるところ少年が僕を小突いた理由は、愛だ。ならば仕方がないか、と思った。  でもこのまま線路へ落ちて電車に轢かれてしまったら、この二人が僕を殺したことになってしまう。少年は最後までカノジョを(かば)おうとするだろうが、()の匂いの証言を元に、名探偵が真実を暴いてしまうに違いない。  そうしたら二人は家にも学校にも居られなくなり、()に屁を取って――もとい、手に手を取って――愛の逃避行をするだろう。そして追い詰められたあげく、お互い()を握り合って――手を握りあって――水面を眺め、「来世で夫婦(めおと)になろう」と誓い合ってしまうかもしれなかった。  それはいけない。オナラのせいで恋愛経験のない僕だけど、他人の幸福を祈る心はまだ残っている。なんとかしなくては、と強く思った。  身の内に、何が何だか分からないすごいエナジーが湧いてきた。渦巻く力の奔流(ほんりゅう)が腹部に満ちてくる。押さえ込もうと、僕は下腹に力を入れた。まさにそのとき、ゆで卵の香りが鼻をくすぐった。  風景が跳ぶ。視界いっぱいに光が広がって、僕は気を失った。
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