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彼女は宙を舞っていた。
舞う、というのはいささか過剰表現だけど、実際に、「ばふ」という音とともに、イオーナのお尻が浮いた。オナラのせいだ。部屋中に炒り豆のような緊迫感のある匂いが広がった。
「イ、イオーナ?」
「なかなかの噴出力でしょ。私もたまになら、このくらいのオナラこけるのよ」
「たまに? へ、へええ」
イオーナは上目遣いに僕を見た。
「やっぱり、いつもこけなきゃ、だめ?」
「そういうことじゃなくて」
「それとも匂いがだめ? 腸内環境をもっと整えなきゃかな」
「待って、そうじゃない。今の人たちって、人前でおならするの?」
「だって相手のことを知るには、オナラを聞いて屁を嗅ぐのがいちばんでしょ」
「へ・え・え」
彼女は節のない、すらっとした人差し指を立てた。
「よく言うでしょ、『屁は口ほどにものを言い』って。これから一緒に暮らすのに、大事なことを隠すのはよくないわ」
頭に、バケツいっぱいの泥を被せられたような気がした。泥はぐんぐん重くなり、僕の心はどんどん沈んでいった。
「ごめん、イオーナ。気持ちが整理できなくて。あいさつのキスは無理だ」
「そう……、そうよね。シュウはまだ疲れているんだもの」
彼女は目線を床に落とした。首をうなだれて、すこし体が縮んだように見えた。
「あなたに美人と言われて、私、舞い上がっちゃったの。……ごめんなさい」
「いや、君はとても魅力的だよ」
嘘ではなかった。イオーナは美人でスタイルも良くって、キスしてそのまま行けるところまで行ってしまいたくなるほど扇情的だった。それでも僕は彼女を拒んだ。
なぜならオナラが嫌いだから。僕は目の前でした相手を断じて許すことが出来ないからだ。
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