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ふんばらないでがんばって
子供のころ、オナラはこの世で一番汚らわしくって、人前でそれをすることはどんな罪よりも重い、と信じきっていた。僕の勝手な思い込みじゃない。母に、そう教え込まれたのだ。
僕の母はおそらく、正常ではなかった。狂気と呼べるほどに潔癖症で、とくに匂いに過敏だった。幼い僕がオナラをすると、お尻にコルクで栓をされたり、「燃やしてしまおう」と追い回されたりしたものだ。
母がしかるべき施設に収容されると、僕は父方の祖父母に引き取られた。それから後はふつうに育てられたが、母の下で過ごした日々は心の奥底に歪な暗がりを残した。
それがオナラだ。僕はいつの間にか、他人が近くにいるだけでオナラの出ない体質になっていたんだ。
さらに僕には悪癖があった。それは「犯人探し」だ。学生のころは異臭がすると、いちいち騒ぎ立てたので皆に煙たがられた。成長してからはなるべく口を閉ざしていたが、時間跳躍のきっかけとなった件のように、たまに「しでかして」しまうことがあった。
僕は1000年後の今も、同じ過ちを繰り返そうとしていた。
「イオーナ、分かってくれ。君が悪いんじゃない」
「じゃあ、私はまだ、身元引受人でいいのね? ……よかった」
彼女は無理に笑顔を作ったが、眉に乗った哀しみが表情を翳らせていた。
「シュウの前でオナラをしないよう、ふんばるから」
「いや、ふんばらないように頑張って」
イオーナの決意を、僕は心の底から愛おしいと思った。どうして僕のことをそれほどまでに想ってくれるのかは分からないけれど、彼女の抱く愛情が本物だということは疑いようもなかった。
それに比べれば僕のトラウマなんて、実に屁でもないものだった。
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