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ぼくはちゅうをまった
僕はチュウを待っていた……いや、違う。僕が宙を舞っていたんだ。
今は「シュウ」と呼ばれている僕、宝比秀は、2021年のクリスマスイブ、プラットホームの端に立っていた。電車に乗るためだ。その時代、都市部での移動には鉄道やバスなどの公共交通機関を利用するのが一般的だった。
人々が電車を待っている中、行列の隙間を縫って異臭が漂ってきた。音もなく放たれた気体は、時間をおいて冷めきったゆで卵の匂いだ。
「臭いな、誰だよ」
声に出したつもりはなかった。でも周りの人が一斉に、マスクをはめた顔を僕に向けた。
「悪いのか」
背後から、肩を叩かれた。振り向くと、高校生くらいの少年が頬を硬らせて僕を睨んでいた。理由が分からず、僕は首をかしげた。
少年は激昂した。
「俺だよ。屁をしちゃ悪いのかよ」
だが僕には、それが嘘だと分かっていた。
匂いが違う。いかにもスポーツマンで、雑食で大食らいに違いない男子高校生のオナラが、こんなにも純粋なタンパク質由来の匂いであるはずがなかった。
「でも屁をこいたのは、君じゃないだろ?」
僕はまたしても、口を滑らせた。
「あんた、ちょっと黙れよ」
そうして気がついたら、僕は宙を舞っていた。
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