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3月1日
ぷんと鼻についたのは、ちょっとキツめの、だけどどこか懐かしい臭いだった。
「田舎から贈られてきたんですけど、この量は1人で食べられないでしょ」
手にしていたタッパーは、高校時代にラグビー部の男子が弁当箱代わりにしていたサイズ。容量のxリットルには、1以上の数字が入る。
その中に、ぎっしりと詰まった漬物。
「たしかに」
家にあと2つ同じ物があると聞かされて、深く頷いた。多目に取ってやるのも、親切心である。
「こっちで食べないって言うと、張り切ったみたいで」
なるほど。しかし、母の漬物を懐かしがるなんて親思いな娘じゃないか。うちの母親が聞けば、アンタとは大違いねと噛みついてきそうな話である。
進学を機に実家を出た私が気付いたのは、水の違いだった。一級河川のある地元の方が水道代も安いのは知っていたが、硬さに参るとは思わなかった。手触りが違う、シャワーが気持ちよくない、美味しくない。1人暮らしの感想を水でまとめた私を、母は嘆いた。
「親でも友達でもなく、水を恋しがる子に育つなんて」
地元から出たことのない母から、非情な人間と決めつけられてしまった。
今になれば少しは理解できるのだが、当時の私にとっては腹に据えかねる出来事だった。
そういえばつい先日、マヨネーズが恋しいと嘆く男を知った。
マヨネーズなんてどこで買っても同じと思うだろう。その通りである。日本にいれば、だが。
どうも海外製のマヨネーズは、油っぽくてたまらないのだと言う。
『そりゃ日本のマヨネーズは、卵黄2倍でコク深いからな』
『日本のポテサラ仕様になっているスーパー調味料様だぞ。マヨネーズ様ナメんな』
などという、実にアホらしいやりとりがスマホに記録されている。
海の向こうにいる悪友は、マヨネーズのついでに単なる友人を懐かしんでくれるだろうか。次会うときに、マヨネーズたっぷりのポテトサラダを出せば、どうだろう。少しは笑い話になるだろうか。マヨネーズのように、恋しく思ってくれるだろうか。
甘い期待を悟られたくはないけれど、同じ気持ちでいて欲しいと自分勝手に願っている。
上司にタッパーを持って行く同僚の度胸が、ほんのちょっと羨ましかったりする。
マヨネーズの日
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