3月4日

1/1
前へ
/31ページ
次へ

3月4日

「お子さんですか」 あまりに派手な驚きぶりだったのだろう。謝られてしまった。その声は確かに我が課のマドンナのもので、呆然としてしまった。 「待ち受け、見えちゃったので」 「姪です。姉の子どもで」 数日前に、壁紙を替えたばかりだった。人前でスマホを使うことを考え、悩み抜いて出した結論は、正しかったのか。 「この衣装、今流行ってるプリンセスですよね。でも、私が店で見たのとちょっと違う...」 ピンクの華やかなドレス姿は、女子の憧れなのだろう。作る側としては、サテンとチュール地の袖とスカートを膨らませるのに、かなり苦労させられた。 「お遊戯会の衣装を頼まれたので、作ったんです」 役は妖精なのに、プリンセスでいいのか。姉に言われるまま縫ったので、責任は負わない。 まさかドレスに食いつかれるとは思わなかったので、自分でもしどろもどろになっているのがわかった。ヘンなこと、言ってないよな。 「器用なんですね」 俺が器用というか、姉が不器用すぎるというか。都合良く使われてるだけ 「はーい、今行きます」 なんでしょうけどね...。 会話時間、実に45秒。しかも、中途半端なところで強制終了。 だけど、今日は晴れやかにビールを飲める気がする。今日ばかりは、姉の一言に頷いてやってもいい。  「アンタの趣味が役立つ日が来るなんて」 趣味なんだから、役立つかどうかではない。理想世界に没入できる、素晴らしい機会なのだ! この口答えは変えないが、やっててよかったと現実世界で実感してしまうとは。 趣味のコスプレ衣装を自作しているうちに、裁縫の腕が上がりました...。なんて言えるわけもないので、姪には新しい衣装を作ってあげよう。 眼鏡を押し上げて、再び液晶画面と向き合う。現実世界の企業戦士・俺は、昼休みを返上しないと仕事を終えられないのだ。 ミシンの日
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加