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〜午前9時
おしゃれなお店。美味しい食事。よそゆきの会話。たぶん、付き合ってしばらくしたら見られなくなる、浮ついた、それでいて背筋の伸びた幸福そうな男の顔。
「誕生日おめでとう。プレゼント、これで良かった?」
わあ、ありがとう、これ欲しかったの。先週と同じ笑顔を貼り付けて、先週とは違う相手から受け取る。今月はあと二回、同じプレゼントを別の男から貰い、同じ台詞で喜ぶ予定だ。
どれもこれも、うんざりする。
◇
朝っぱらからトントンと玄関のドアを叩く音。近所迷惑だから、早く開けてやらないと。
以前、なぜチャイムを鳴らさないのか尋ねたら、「叩いたら俺ってわかるでしょ?」と何でもないことのように返された。なるほど、ヒモを生業としている従兄弟は、そうやって、養ってくれるお姉さま方の心に自分だけの居場所を作るわけか、と感心する。
近所迷惑も計算の内なのだろうか、と、ぼんやり考えながらドアを開けてやると、思った通りの人物が、珍しく買い物袋をぶら下げ、キャリーケースまで持って立っていた。いつもは手ぶらで来て「お腹空いた」とか言うくせに。
「やっぱりパジャマだった。どうせ今日はその格好のまま引きこもる予定なんでしょ? 早く入れてよ。寒い」
一つ歳上のお兄ちゃんだったはずが、すっかり甘え上手の弟みたいに育っていて憎らしい。私が男に甘えてねだる時、手本はこの男だ。そう思うと、私に貢ぐ男たちの下心の報われなさに、少し笑える。
「休みと被るなんて、災難だったね。仕事してた方が気が楽?」
「どうかな。うん。そうかも」
「時間があると待っちゃうもんね。なのに、予定も入れられないんだから。健気だね」
図星を指されて黙り込む。本当にもう。この従兄弟はいきなりずけずけ入り込んでくるから、建前を用意する間も無い。
「それより、何、その荷物。聡美さんに追い出されたの?」
「違うよ! 可愛いイトコにプレゼント。すっごい重たかったんだからね」
一応は隠しているつもりなのか身体の後ろに追いやっていたキャリーケースを取り出して座り込み、「サプラーイズ!」とはしゃいで開ける。中身はぎっしりと詰まった漫画本であった。
「某国民的長寿ボクシング漫画だよ。読んでごらんって。すっごい面白いから」
「そっちの買い物袋は?」
「お泊りセット。あと、チョコレート。銀座の、なんとかって専門店の。聡美さんが用意してくれた。漫画も聡美さんの私物だから、煎餅のカスとか落とさないでね。うちのイトコちゃんはがさつだから心配だなぁ」
いかにも高級そうなチョコレートの箱とコンビニで買った歯ブラシを、同じビニール袋から取り出して見せる。がさつなのはどっちだか。
「あんたからは?」
「俺は、ここまで持ってきた。偉いでしょ?」
見えない尻尾を千切れんばかりに振って、褒めて褒めてと目を輝かせる。聡美さんは子犬を飼う感覚でこいつを養っているのだろうか。
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