午後0時

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午後0時

 聡美さんは、デキる女だ。好きなことを仕事にして、子犬のような男を飼って、チョコレートは舌の上でとろりとほどけるし、漫画は面白い。時間を忘れて読み耽る。 「ねえ、お腹空いたけど、何か作る?」 「え、作れるの?」 「ふふん。練習中。聡美さんが料理できる男が好きって言うから」  最近の子犬は料理もするらしい。幸せそうでなにより。 「冷蔵庫空っぽだよ。ナポリタン食べたい。食材、買いに行こうよ」 「パジャマだし」 「しょうがないなぁ。じゃあ、買ってきてあげるから財布」  当たり前に財布を出させるし、こっちがしょうがないみたいになっているが、よくよく考えたら、お腹が減っているのもナポリタンを食べたいのも、従兄弟の方だ。  やれやれと溜め息をつきながら財布を渡してやると、ありがとうと受け取って、ポンと頭に手を乗せてきた。 「一人でも大丈夫?」  留守番を言い付かった子供に対するような、優しい口調で問われる。 「……大丈夫だけど」  仏頂面で不貞腐れたように可愛げなく返したのに、にっこり笑われて、頭の上に置いた手でぐしゃぐしゃと掻き混ぜるように撫でられた。「すぐ帰るね」と弾かれるように出ていった従兄弟は、きっと、大急ぎで買い物して、小走りで帰ってくるのだろう。  残された私は、テーブルに置きっぱなしのスマホをちらりと見る。  連絡は来ない。わかっている。それを確認するための今日だ。来なければ、やっぱりそうだと、今度こそ諦められる。  視線を落とし、再び漫画に意識を向ける。が、ふと、充電が切れていやしないかと気になった。気になったらもう、手に取っていて、止めようとする理性より早く、無邪気な指が、電池の残りを確認する以上の仕事をしていた。  毎回裏切られて、もう諦めたつもりなのに、期待ってやつは心の端にぶら下がってどうしたって離れない。太々しくて、嫌になる。  スマホをもとあった場所に伏せ、今度こそ本当に漫画に意識を戻す。リング上の主人公がロープに追い詰められている。卑怯な手段で勝ち進んできた相手を下して、東日本新人王を獲れるかどうかの瀬戸際なのだ。難敵だけれど、きっとやれる。やってくれる。  今は、それ以外、何も考えられない。がっかりなんかしていない。
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