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 沼沢氏だけならば、沼沢氏が一方的に小池さんを知っていると思っていたこともありえると思っていた。男が女側を知り合い、ないしは友人だと思い込んでいたということは、残念だがよくあることだろう。  しかし、沼沢氏がわざわざ大学時代の友人とコンタクトを取ってまで調べたこと――中川という人物が十年前も小池さんに会っていたという話――が真実だとするならば、大学を卒業してからも会う友人関係だった人物の苗字を聞いても何の反応もしないということはあるだろうか。 『あ、それって私の同級生かもしれません』  これぐらいの反応があってもよいのではないだろうか。  反応しない理由はいくつか考えられるだろう。例えば、「沼沢氏が話した中川という人物は実在せず、作り話だった」というケースだ。しかし、沼沢氏が作り話までして僕に話を聞かせる意味はちょっと考えにくい。大手企業で重役である彼は、ベンチャーの一社員である僕をからかうなど手間はかかっても得はないだろう。  ほかに考えられることは、「小池さんは中川さんと何かしらの理由で絶縁関係である」というケースだ。ここ十年会っていないことにも辻褄が合う。絶縁関係であることを中川さんは気づいてもいないから沼沢氏へ簡単に情報提供してくれたのかもしれない。しかし、もしそうならば少しぐらいの嫌悪感みたいなものを小池さんが表情に出したっていいだろう。第一、僕がでっちあげた不動産案件に絶縁関係の人間がいるなら回答をくれるはずがない。    こうなってくると、単純に考えられることは「小池さんは中川さんを忘れてしまっている」ケースだ。それならば何の反応も見せないことも不思議ではない。大学卒業後も会う仲の友人を忘れてしまっている理由が気になるが、忘れていることに「なぜ忘れてしまったのか?」と聞いても答えは出てこないだろう。  記憶というものは、忘れたくてもずっと付きまとうものもある反面、砂漠の足跡のごとく風が吹けば消えてしまうようなものもある。まるで最初からそんなものはなかったかのように。  そんなことを考えているともう一つのケースを思いついた。
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