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アキラはいつも、ゆめの中でクワガタに会う。
実はまだ、本物には会ったことがないんだ。だからかな。ゆめの中のクワガタは、いろんなことをする。
昨日の夜は、クワガタは歌をうたっていた。うなるような声だった。
角のようなあごをぐいと持ち上げて体を起こし、前足をゆったりと宙に泳がせながら、ろうろうとひびかせる。その、うなり声の、すばらしいこと。
切り株のステージでクワガタが歌えば、緑深い森の木々からも、あるいは高くあるいは低く、虫たちのいろんな声がかえってくる。木の葉の色の数だけありそうな歌声はしだいにきれいに重なり合い、やがて、森じゅうが不思議なうねりにつつまれた。
歌いつづけるクワガタの体は、心地のよさそうな汗でひかってみえた。
よく朝、アキラはかあさんにきいた。
「クワガタって、歌をうたうと思う?」
かあさんは当たり前のようにうなずいた。
「そうね、私たちに聞こえなくても、歌うか、お話しか、何かはしているかもね。いきものだもの」
そんなに簡単なことじゃないよ。
アキラはあの不思議なうねりを、かあさんにもきかせたかったな、と思った。
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